23


 ヴィルは深駆があぎを知っているのを不審に思い剣を突きつけて尋問すると、深駆はかつてあぎに清水の舞台から落ちそうになっているところを助けられたこと、そしてその飼い主の咲も知っていること。森に迷い込んでルカと出会い、この家に着いてローザに留守番を頼まれたことも正直に話した。もちろん、反撃しようとも考えたが、相手に隙が無いのと死にたくないのとでしなかった。
ここまで聞き出し、敵ではないと判断したヴィルは剣を納め、自分からも自分の立場を話しはじめて、最後にまた質問をした。
「それで、そのルカってのは今どこに?」
「さぁ、ローさんに侵入者を倒せって言われたから表にいるんじゃないですか?」
(表って事は咲がいるな。)
『あんちゃん、咲が戦っとんよ』
十六等分されていたはずなのにいつの間にか合体が完了したあぎが言う。
「止めにいくか?俺はどっちでもいい」
「自分は止めるべきだと思いますよ。今のヴィルさんの話によるとお互い敵同士じゃないみたいですから」
『絶対に止めるー!咲が危ないー!』
大声で離すあぎのほうをヴィルは向いて、
「あー、この狭い中でお前はうるさい。この広い森の中にぶん投げたらどれくらい飛ぶだろうね?」
不適な笑みを顔に張り付かせヴィルはあぎに迫る。
『う、悪かったです。ごめんなさいです』
あぎがそれを言うと、ヴィルは溜息をついてあぎを掴み上げた。
『え、なにするん?』
それから、裏口が近くにあったのを見つけ裏口から出て思い切り振りかぶった。
『あ、わ、ちょ、ちょっと。投げるなー!やめれー!ごめんー!』
大騒ぎするあぎ。深駆は何が起こっているのか理解できないで一応追いかけてはいるものの何もしないでただ見ているだけだった。
「やかましぃー!」
滅多に聞くことの出来ないヴィルの怒った声。それと同時にあぎはヴィルの手から放たれて家の屋根の上空へ表口の方に向かって飛んでいった。
『あれー、あんちゃんのバカー!ろくでなしー!鬼畜ー!末代まで呪ってやるー!』
こんな時でも言う時は言うあぎ。深駆はただ呆然としてあぎが飛んでいった方向を見ていた。


 24


 左肩を負傷したルカは、ナイフを投げられなくなっていた。
「もう降参してくれませんかぁ?僕もあんまりやりたくないんですよぉ」
「そうはいきません。侵入者を家の中に入れるわけにはいけませんから」
咲は拳銃を振り回しながら、ルカは先を睨みつけながら言う。
「そうでなくても、裏と表、二手に分かれて入ろうとする時点で許せませんよ」
落ち着きを取り戻しながら言うルカ。
「はい?」
何のことか上手く飲み込めていない咲は素っ頓狂な声を上げ、少し考えてそして、
「ヴィンちゃんさんの事ですね。賢者に会いに行くって聞いてそのままくっついてきたんですよぉ」
「ヴィンちゃんさん?誰ですかそれは?」
拍子抜けして訊ねる。
「ヴィンちゃんさんはヴィンちゃんさんです。本当の名前は違うけどもう忘れましたー」
この呑気さに呆れながらも自分の知っている人物の中でそう呼ばれそうな人間を片っ端から考え始めた。
 意外と早く結論が出た。結論は旧知の人間の一人がそう呼ばれそうだった。ただ、それを本人が許すとは思えなかったが。
「ヴィルさんのことですか?」
もしかしたらと思い訊いた。咲は拳銃を振り回すのをやめ少し考えて、
「多分それだったと思います。でも違うかもしれませんよ?ヴィンちゃんさんの本当の名前は」
本当に忘れた感じだ。咲の物忘れの激しさは痴呆症の老人並に激しい。
「えと、本当に思い出せないですぅ。あ、僕の名前は咲です」
思い出せないということを棚に上げて名乗った。
 そういえばまだ名乗っていなかったなとルカも思いつられて
「私はルカです。好きなように呼んでください」
「じゃ、るんるんですね〜」
「へ?」
何言ってんだこいつはというような感じで素っ頓狂な声を上げた。
「だって好きなように呼びなさいって言ったから。るんるんでいいよね?」
頭の回転が速くあっさりとルカの呼び名を決め、にっこりと笑ってからそう訊ねた。その笑顔の裏には絶対にダメと言わせないようなものがあった。
 と、その時何かが二人がいるところ目掛けて降ってきた。
『あれー!あー咲だー!』
その何か、ヴィルに投げ飛ばされたあぎが先の頭上目掛けて降ってきた。何かが降ってきているのに咲はもちろん、ルカも気付きあぎを見る。
「なんでしょうか、あれは?」
咲に訊ねるルカ。その質問に咲は、
「さぁ、なんでしょうか。あぎにしてはちょっと小さいですねぇ」
あぎは大声をあげながら咲のほうに降ってきた。咲は自分の所には来ないだろうと思いずっと何かなー、というような顔で見上げていた。遠近感で小さく見えることに気付かないからこんなことが出来るのだろう。
『咲ー!よけてよけて!あ、いや受け止めてー!』
大声で訴えるあぎ。しかしその声は咲にもルカにも届いていなかった。それでもあぎは諦めずに叫び続ける。
 いつまでたっても二人は全く気付かない。もうあぎと咲の衝突は防ぐ事は出来ないだろう。それを悟ったあぎは目を閉じて、少しでも衝撃に備えようと無駄とも思える努力をした。
 ゴン!
 強いて表現するならこんな音がした。その音はあぎと咲の頭が二つぶつかった音だった。
「いたい、ですぅ……」
それを言うや否や、咲は後ろに倒れそのまま気絶した。あぎのほうはまた十六等分してしまった。そのそれぞれが弾け飛び、すぐに合体してもともとの大きさに戻った。
『あー、咲ー!大丈夫かー』
いきなり降ってきた、言葉を喋る謎の物体を警戒しながらそれに訊ねる。
「あなたは一体なんですか?」
『うい?俺でっか?』
「他に誰かいますか?それとも自分から名乗るのは嫌ですか?」
『俺は咲にはあぎって呼ばれてる。大丈夫悪い奴じゃないから』
それを信用するのは現段階では難しいだろう。それなのにあぎはそういうことを平気で言った。
「咲さんの知り合いですね。だったら多分悪い方ではないでしょうね。私はルカです。好きなように呼びなさい。今はとりあえず、咲さんを中に運び込みましょう。手伝っては……、もらえないですね。大丈夫です、一人で運びますから」
あっさりとあぎのことを悪者ではないと判断し咲を抱えて家の中に入ろうとした。その咲の抱え方は、まるで荷物扱いで担いでいるといった方が適切だった。
「ほら、あなたも」
玄関口で振り返ってあぎも中に入れた。


 25


 家の中。そこには二人の男がいた。
 ルカは男のうちの一人に話し掛ける。
「深駆さん、無事ですね。それとヴィルさん、お久しぶりです」
ヴィルは何も言わずにただ一瞥しただけだった。
「お陰さまで。ってなんでヴィルさんのこと知ってんの?」
深駆はそう言ってソーサリーグローブを外し、テーブルの上に置いた。
 ルカはその問いを無視して近くにあったソファの上に咲を降ろす。
「あれ?咲殿?」
ソファの上に降ろされた人間を見る。
「咲さんを知っているのですか、深駆さん。表で侵入者扱いされていたんですよ。それで戦っていたらあぎさんが降ってきて頭と頭がぶつかって気絶してしまいここまで運んだんです」
そこまで言って自分もソファに座る。
「へえ。あっ、肩から血が出てる。止血と手当するからちょいとじっとしてて。ってここ救急箱あんのかな?最低でも包帯とガーゼはあったらいいんだけど……」
ルカは血が流れていたことをすっかりと忘れていて、深駆に言われて思い出した。そして、深駆に言われるままじっとした。
 深駆は手際よく止血と消毒をして、ガーゼを傷口に当て包帯の代わりにそこら辺にあった布を巻いた。
「これでよしっと。少しきつく締めたから痛いかもしれないけど我慢してな」
そう言って自分の手についたルカの血を洗いに洗面所に言った。
 深駆が戻ってきてルカは口を開いた。
「これからどうしますか?ここはローザさんとその師匠さんの家ですが、両方とも今はいません」
さっきまで喋らなかったヴィルは口を挟む。
「なに?お前何言ってんだ?ここは賢者の家じゃなかったのか?」
「はい?あなたこそ何言っているんですか?ここはローザさんとその師匠さんの家ですよ」
「おい、深駆。ここは賢者の家じゃなかったのか?」
「自分はわからん。ここについたらローさんが出てきたんだからローさんとその師匠さんの家だと思ってた」
二人にはっきりと言い切られ、とにかく今はここが賢者の家か、それともローザとその師匠の家かと言う問題は置いとくことにした。
「あー、もうどっちでもいい。とにかく俺たちはこれからどうするかを決めようか。今のところ選択肢は二つ。ここに残って帰ってくるのを待つか、こっちから探しに行くか、だ。他にはない」
それに二人は同意して、深駆が続けて言った。
「自分はどっちがいいのかよくわからんから二人に任せようと思う」
深駆棄権。
「私はどちらでもいいです」
ルカも棄権。
「俺もだ」
ヴィルも棄権。
 長い沈黙。
 誰もが自分の意見というものを持っていなかった。いや、どっちでもいいという最も困った意見を持っていた。
 それからしばらくしても誰も口を開かない。あぎにおいては咲が寝ているソファの上で爆睡中で鼾もかいて寝ている。
「……、誰か意見言おうよ」
深駆が話し合いを再開させようとするが、誰も反応しない。本当にどちらでもいい感じだ。困り果てた深駆はルカに助けを求める。
「ルカ、どうするべきだと思う?」
「私には分かりません。このまま待つか、それとも行くか。どっちでも構いませんから」
一蹴された。
 再度困り果てる深駆。今度はヴィルに助けを求めようとする。が、
「あの、ヴィルさん……」
「振るな」
自分で言い出しといてそれはないだろうと思い、かなりへこむ深駆。
「わたしゃもう寝ます。何か話が進んだら起こしてください」
へこんだままソファに横になろうとする。すると、さっきまでしまっていたドアが突然開いて、
「ただいまですー」
陽気な能天気な元気な声と共にローザが帰ってきた。
 ルカはその姿を冷めた目で見る。深駆は思わず、「あ、おかえりなさい」などと呟く。そして数瞬の沈黙の後、ヴィルは呟く。
「……誰だ?」
 突然現れた群青色の髪の少女――ローザは、ヴィルにとっては見知らぬ者。それを聞き、ローザは言う。
「ローザだよっ☆」
 笑いながら、ローザは続ける。
「えーっと、たしかお兄さんは『ヴィーちゃん』で、そこで眠っている人が、『さきちゃ』だよね。……で、さきちゃの近くで鼾までかいてるのが、『あご』」
 最後の台詞には明らかに悪意がこもっていたが、そのことについて発言する者はいなかった。
「ヴィーちゃん、とは俺のことか?」
 嫌そうにヴィルが聞く。返ってきた答えは、
「もちろん!で、こっちがね、ルゥちゃんとぬーちゃん!」
「そんなことはどうでもいいんです。それよりもローザさん、お師匠様を呼んでくる、とか言ってませんでしたか?」
 ルカは不満そうなヴィルを放置し、話を進めようとするが、ローザは「……えへへへっ♪」などと笑いさりげなくルカから視線を逸らし、目を合わせようとはしない。
 一瞬の間をおいて、ローザは言葉を紡ぐ。
「お師匠様に怒られちゃいました。……ヴィーちゃん達、侵入者じゃなかったみたいだね、言いにくいけど」
「……やはりそうですか」
 ルカが一言呟いて、黙る。その場には冷たい空気と沈黙が満ちる。
「す、すいませんけど、話を始めるのはできれば咲殿が目を覚ましてからにしてもらえないでしょうか」
 沈黙を破ったのは深駆。彼に皆の視線が突き刺さる。その雰囲気に多少気おされながらも深駆は喋る。
「……ぶつかった相手があぎ様だったから心配ないとは思うんですけど、ぶつけた場所が場所ですからやっぱり心配ですし。それに、自分は話を聞いてもあんまり理解できないかもしれないけど、咲殿なら理解できるかもしれませんし」
 自分で言ってて少し悲しくなってきたのか、最後の方は小声だった。しばらく考えてから、ルカは口を開く。
「あぎ『様』?」
 そこですか、と深駆は思ったが、ついつい説明してしまう。
「ちゃんと話すと長くなりますから簡単に説明しますと、自分は咲殿とあぎ様に命を救われたことがあるんですよ。まさか命の恩人を呼び捨てにするわけにもいきませんし、あぎ殿ではなんだか変な感じがしたので、あぎ様って呼ばせていただいているんですよ」
「……そうですか」
「そうです」
 きっぱりと言い切られてしまい、ルカは口を閉じる。皆の視線が自然と咲とあぎに集まる。
「……起きないな」
「ええ、起きませんね」
 二人はため息をつく。
「起きるまで待つしかない、だろうな」
 ヴィルは呟く。このまま話を進めても別に構わない、などと彼自身は思っているが咲が起きたときに説明するのは面倒である。ちらりとルカを見ると頷くことでルカも同意を示している。考えていることは似たり寄ったりのようだ。
 会話がなくなり、部屋は少し静かになる。今聞こえる音の大部分はあぎの鼾が占めている。すると、ローザが、
「む〜、ローザこれでもいろいろと忙しいのに〜。さきちゃ起きてくれそうにないよ〜。……あ、そっか。ローザがさきちゃを起こせばいいんだ!よ〜っし、いっくよー♪」
 周りが何も言わないうちにローザは一人で勝手に話を進めていく。そして、
「え〜い!」
 ローザの声とともに、ポンッ、という小さな音が部屋に響き、咲の周りを白い煙が包む。その煙が晴れてすぐ、ローザは明るい声を上げた。
「やった、成功したーっ!ローザ、これでまた最強に近づいたかもー」
 それを聞き、深駆は少し焦る。
「……って、まさか今までずっと失敗してた魔法とかなんですか?」
「ううん、ちがうよ」
 その言葉にほっとしたのも束の間。
「この間見つけた本に書いてた魔法でね、今日初めて使う魔法なの」
「そうですか……って、尚悪いじゃないっすか!咲殿、早く起きて自分を安心させてくださいー!」
 慌てた様子の深駆を見て、ローザが言う。
「成功したって言ったのにー。別にこれ失敗したって害のない魔法なのにー」
 それを聞き、深駆は少し落ち着きを取り戻す。
「そうなんっすか?」
「うん、ただ単に対象の目覚めを促す魔法だ、って本に書いてたしー。たとえ失敗しても目が覚めるのが三十分おそくなるだけだもん。今回は成功したから、もう起きる頃だよ。…… たぶん」
 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、咲の目に最初に映ったのは、
「おはよー、あぎー。……あれ、ぬーちゃんがいる」
 深駆はその言葉を聞き、慌てて咲に近づき話しかける。
「あ、起きましたか!お久しぶりです、咲殿!」
 咲は慌てず騒がずのんびりとその言葉に答える。
「うん、久しぶりー。なんでぬーちゃんがこんな所にいるのかなぁ」
「そいつらはこの屋敷の者に連れてこられたんだそうだ」
 答えたのはヴィル。咲はちらりとそちらを見て、
「……ヴィンちゃんさんがいるってことは、これまでのこと全てが夢だったとかいう展開は望めそうじゃありませんねぇ、残念ながら」
 そう言いながら、あぎを引っ張って目を覚まさせる。鼾がうるさかったらしい。深駆は咲が目覚めたことで興奮しているのか、一気にまくし立てる。
「それにしても驚きましたよ。ルカさんは怪我してるし、咲殿を連れてくるし、その咲殿は意識がないし。俺の寿命が何年縮んだことやら」
「おい、咲が目覚めたんだ。話を始めるぞ。……感動の再会ごっこは後にしてくれ」
 更に続きそうな深駆の言葉をヴィルが遮る。ルカとローザは深駆達の様子をじっと見ている。その視線に気付いた深駆には、「え、あ、すんません、ヴィルさん」などと言うことしかできなかった。

「……ところで、そちらのお嬢さんは誰なんですか?」
 一通り部屋の中を見渡した後、咲が言う。それに答えたのは、もちろんローザ本人。
「ローザだよっ!ローザ=シュル=クラーツ!」
「……じゃあ、ロザリーでいいですかね。ろんろんだとるんるんと間違えて呼んでしまいそうですし」
 ぽそりと咲が呟く。小さな声だったが、その言葉にルカが反応した。同じように小さな声で咲に言う。
「すみません。彼女のことをなんと呼ぼうが別に私は構わないのですが、その『るんるん』だけは止めていただけないでしょうか」
 すぐに咲が言い返す。
「だってるんるん、たしか『好きなように呼んでください』って言ってたじゃないですか」
「それは確かにそうなんですが、私にも好みというものがあります。……その呼ばれ方は、気にくわないんです」
 咲は少し考えてから、妥協してみせた。
「わかりましたぁ。じゃあこれからは『るかちゃん』にします。……それならいいですか?」
「それなら構いません」
 顔にも声にも表しはしなかったが、咲の発言を聞き、ルカは心の底から安心した。
「こらーっ!さきちゃとルゥちゃん、ローザの話、聞く気ないのぉ?ローザ、これでも忙しいのに」
 話していた二人に、ローザは怒る。その言葉を聞き前に交わした会話を思い出し、深駆は言ってみる。
「忙しいって……明日の空とかですか?」
 ローザは即答した。
「そう!空とか!だから早く話を進めるの!」
 一呼吸おいて、ローザはまた話し出す。
「えっと、ヴィーちゃんとさきちゃはお師匠様に会いにローザ達のお家にまで来たんだよね」
「……賢者に会いに来たんだが」
 ヴィルがそう言うと、ローザはあっさりと答える。
「それはローザのお師匠様だよ?」
 それを聞いて皆一瞬固まるが、ややあってルカが口を開く。
「そうですか……ローザさん、貴女の話を聞く前に一つだけお聞きしたいことがあります。よろしいですか?」
 問いかけの形を取ってはいたが、ルカにとってそれは確認だった。もし否と言われても無理矢理答えさせるつもりであったのだから。
「うん、いーよ。何かなぁ」
 明るくローザが答える。ルカは小さく笑い、用意していた質問をローザにぶつける。
「師匠……いえ、賢者は一体どこで何をしていらっしゃるんですか?客が来たことを知っているのならば、顔ぐらい出すのが普通でしょうに」














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