12


「ねえねえ、ヴィンちゃんさーん。いつまで歩くんですかぁ?」
咲たちはいつの間にか太陽の照りつける砂漠を越え、今は大木の生い茂る森の中を歩いていた。
「ヴィンちゃんさんってば〜」
後ろから名前を呼ばれたヴィルは(といっても、本人はあまり納得していないが)、足を止め、今日何度目かのため息をついた。もうすでに、呼び名を訂正することは無理だと悟っていた。そのため、そのことについては咲につっこまないことにした。
「だから〜。さっきもいったじゃねぇか。俺はいま『賢者』の屋敷に向かってる。文句があるならついてくるな」
「文句はないですよー。それに、さっきも言いましたっけ?」
ヴィルは再びため息をつく。どうも咲には記憶力というものがほとんど、いや、まったくないらしく、三歩歩けばすでに忘れてしまっているという状態らしい。そのおかげで、ヴィルは何度も同じ質問をされ、同じ返答をするのであった。
「ついでだから、もう一つ」
ヴィルはようやく咲に振り返った。
「はいはい。なんですか?」
「俺はあんまり人と話すのが好きじゃない。・・・言いたいことはわかるな?」
咲は口に手をあて、しばらく考え、やがて
「つまり、『話しかけてはいけない』ってことですかぁ?!」
まるで難しいなぞなぞが解けたかのような笑顔で答えた。
「そうだ。『黙ってろ』ってことだ。わかったな?」
ヴィルは咲の笑顔を流し、咲の「は〜い」という無駄に元気な返事を確認し、再び歩きだす。
 咲もヴィルの後ろについて行く。そして、
「ねぇねぇ、ヴィンちゃんさん。しりとりしよーよ」


 13


(あれからどれくらいたったのだろう)
深駆は先を行くルカの後ろ姿を追いながら考える。陸上部に所属しているため、多少は体力に自信はあったが、さすがに普段歩かない森の中を長時間進み続けることのは疲れる。
(ルカさんはさっき「疲れたら言って下さいね」って言ってくれたけど)
 ルカは深駆がローザという名の少女にあってからどうも何かを考え込んでいるらしく、口を聞かない。
(言えるような雰囲気じゃないっすよ・・・)
 それでもそろそろ体力の限界を感じつつあったので、思い切って言ってみようかと思っていると、突然ルカが立ち止まった。
「ど、どうしました?」
少し距離をおいていたため、ぶつかることはなかったが突然立ち止まられ少し驚く。
 ルカは深駆に振り返り
「少し休みましょう」
そういって身近な木に寄り、座った。深駆もそれにならう。
 時折吹く風が深駆の汗ばんだ体を冷やす。それはいつも走り終えた後の感触と何もかわらない。敵に襲われるかもしれないという不安はいつの間にか消え、目を閉じ、風の音に耳を傾ける。それは間接的に風と一体化するということ。深駆はそれが心地よくって好きだった。
「浸りこんでる中失礼だけど・・・」
至福の時を邪魔され、わずかに不快な感じがしたが深駆は気にせず目を開ける。
「はい?」
「そのグローブ」
ルカは深駆が少女から手渡されたというグローブを指差した。
 深駆は右手にはめたそれをかざしながら
「これ?これが?」
「少女があなたにそれを授けたとき、何か言ってましたか?」
必死で記憶を探る深駆。ルカは深駆が言葉を発するのをじっと待った。
「たしか、『ソーサリーグローブ』とか。あと、何とか水晶を勝手に買ったのがばれてしまうーとかって・・・」
「それは、『無垢水晶』・・・ですか?」
「ん〜・・・たしかそんな名前だったと」
ルカは歩いていたときと同様に、また考え込んだ。もっとも、深駆には何を考えているのかさっぱりだったが。
「んにしても、一体何なのでしょうかね〜、これは」
紫色の水晶を覗き込みながら深駆は独り言をついた。つもりだったが、その言葉をきいてルカは跳ね起き
「な・・・知らないのですか!?それが何で、どうやって使用するのか」
深駆に怒鳴りかかる。あくまで独り言のつもりだった本人は予想外の反応につい、
「す、すんません・・・」
謝ってしまった。
「本当に、何も知らないのですか?」
落ち着きを取り戻し、再び問う。
「何にも。ほんと、すんません・・・」
「もういいです。別に怒っているわけではありませんから」
そういって、ルカは黙り込んでしまった。
 深駆は彼女に声をかけていいものか迷ったが、この先で彼女の足を引っ張ることは断固避けたかった。小さな少女からもらったそのグローブには、何らかの『使い方』があることはルカの発言からわかっていた。
「あの・・・」
思い切って聞いてみることにした。
「グローブの使い方、ですか?」
「はい。こいつが何らかの形で武器となるのなら、せめて自分の身は自分で守りたいんです」
ルカは黙り込み、何かを考えているようで、しばらくしてようやく深駆に顔をむけ、口をひらいた。
「私も人から聞いた話で実際のところよくわかっていないのですが、『ソーサリーグローブ』というのは簡単に言えば力場発生器。相手を殴る瞬間に力場が発生し、その力を数十倍にして相手にダメージを与えるというもの。ただし、うまくタイミングがあえばの話ですがね」
「タイミング・・・?」
「このグローブ、力はたいへん強いのですが、ただ一つ難点が。それがタイミングです。通常、力場が発生するまでに5秒。そしてその力を維持できる時間が0,32秒程度、だったと思います。そのタイミングを逃すと力が半減したり、最悪の場合まったく効力がないこともありうるのです」
最も、異界からきたあなたに使いこなせるとは思えませんが、とつけたしルカは深駆から顔をそらした。
 深駆はしばらくグローブを眺めていたが、やがて立ち上がり、適当な大木の前に立った。(1・・・2・・・)
深駆のなかで時計がカウントする。
(3・・・)
拳をふりあげ、
(4・・・)
あげた拳は大木に対して垂直を維持しながら、迫る。
(5!)
拳と木がぶつかり、木が割れていく音がする。
(0,2・・・0,3)
木から拳を離す。そこには、かつて幹のあった場所には大きな空洞があいていた。
「あ〜・・・こりゃ怖いわ。半分ぐらいまでしか手がはいった感じはしなかったのに」
ルカはただ、深駆の後ろで唖然とするばかり。
「でも・・・、いいかんじ」
一人ご満悦の深駆であった。


14


「こぶた」
『たぬき』
「きつね」
『ねーこ』
 ヴィルたちはまだ森の中を歩いていた。
 ヴィルに相手にしてもらえない咲はどこからともなくあぎを引っ張り出し、しりとりの相手をしてもらっていた、はずだったが、いつからか『こぶたぬきつねこ』の歌へと変わってしまっていた。
『こぶた』
「たぬき」
『きつね』
「ね〜―――――」
「おい、いい加減にやめろよ」
記念すべき20回目の歌が終わろうとしたとき、ヴィルが咲の歌を止めた。
「み〜。だって、ヴィンちゃんさんがやってくれないんだもん。ね?あぎ」
『あんちゃん、のりが悪!!』
二人に(正確には一人と一匹)に怒られ(?)、頭をかきながら
「あ〜、すまんかったな」
平謝りをする。
「けどな、ほら」
ヴィルがくいっと指差した先には、屋根の上からもう一段上に部屋がある何とも不思議な家が一軒あった。
「着いたぞ。あれが賢者の屋敷だ」

「…えぁ」
咲が感嘆とも驚嘆ともつかぬ声をあげる。
 突如森の中に現れた屋敷は、外から見たところ屋根の構造意外は簡単なつくりをしていて、完全に木造の二階建てのようだ。屋根は日焼けした様子もない、無駄に光沢のある赤だった。家の回りの樹は、家がすっぽり入るか入らないかのスペース分だけバランス良く伐られていて、魔法の力か何だかわからないが、玄関の前にスポットライトのように丸く、屋根に向けては淡く、昼下がりの光が差し込んでいる。
「………つーか」
つーか赤い屋根の小さなおうちだった。
 玄関前には小径があって、ヴィルたちの居る場所からはどこへ続いているのかわからなかったが、回りの花壇に、溢れんばかりのパンジーが咲きこぼれているのは確認出来た。
よく見ると家のまわりには白い野薔薇が植えられて、極めつけには、先刻までは聞こえなかった鳥の羽音まで聞こえてきた。
「………」
つまりこれはなんとも不思議かつ、
「すこぶるメルヒェンな」
良い家だった。
「…め?」
「良い家です」
咲は発砲した。
玄関まではえらい距離があったが、銃弾は真っ直ぐドアノブに向かって奔り、扮うことなくそれにあたった。そして、
「ぽぴん」。鉄琴の高いほうの板を叩いたような、平和な音をさせたかと思うと、行きと同じスピードで戻ってきた。
『うえっ』
更にあぎに当たった。
あぎは血を吹きながら前のめりに倒れた。
「…! これは…!?」
ヴィルは家と自分たちとを隔てる草むらを飛び越えると、ドアに向かって走る。
 ノブを剣の柄で触ると、手が軽くしびれた。
「結界か…」
ヴィルは呟く。
「………虫酸が走るですよ、意匠的に」
残された咲も呟いた。
「なんか私情で動いてしまったです」


 15


「わぁい、使いこなしてくれてるようだねー」
深駆は一歩半逃げてから振り返って、無駄に懐かしそうな顔をつくる。そういう奴だった。
「ローさん!」
ローザだったかロザリーだったか忘れたが、そこには先刻深駆と顔を合わせた女の子が立っていた。
ルカも突如現れた少女に気づいて目を見張る。
「…もしや貴女は件の………」
「ローザでっす☆ どうもだねっ!」
ローザは肩にかかる群青色の三つ編みを揺らしながら、杖の先を地面に打ち付けて鳴らした。ルカは目をそらす。
「丁度良かったローザさん、これいいよすごく。かなり。っつーかかっこいい」
「うんーよかったねー。そのあたり才能だねー」
深駆ははしゃいでみた。
「これからガンガン使って慣れるつもりで!」
「良い心がけだねー」
「タイミング合わせて色々角度変えてやってみます!」
「うん、時々充電しながらね」
「そう、時々充電しながら!  て」
「「充電?」」
上を向いていたルカが振り向くのと、深駆が眉間に皺を寄せるのとは同時だった。
「充電せんとですかこれは!」
「勿論。魔力は創造するものだよぬーちゃん」
ローザは笑って大きく頷く。ルカはゆっくり視線を戻した。
「初心者さんには負担が大きすぎるから、補充しないとだよ」
「…魔力を?」
「そう」
「そうですか」
なんとなく深駆はちょっと凹んだ。
「うん、だからローザんちに来て欲しいです」
ローザは杖を両手で掴んで、その場で一回転した。引きずりそうなくらいに丈の長いローブが、少しだけ翻る。
「ローザ作万能充電器があるのだよ。お師匠様の水晶原石から、三本のコードを介してこう」
手振りで説明するローザだが、手の動きはコンセントをさしているようにしか見えなかった。
「でもグローブ自体が失敗してて何が起こるかわかんないから、充電中はぬーちゃんが見ててほしいのですですだよ。ローザは忙しいから。明日の空とか」
何だ空とかって。言わないが。
「だからそっちのお姉さんと二人で来てね。ローザがおうちから召還するかたちでお招きするよ」
ローザは首を傾けて微笑む。深駆が断りきれる筈もなかった。
「えと、じゃあはい、お願いします…」
「はーい了解。じゃ、後でねっ」
目を閉じて、ローザは足下のほうから歪んで、消えた。
深駆は立ちつくす。
「…いや、でも何だよ空って…」
やっぱり言った。

そのとき、
「…深駆さん」
突如ルカは言うと、深駆の腕をつかんで三歩程左へ走った。
「…はい?」
当然引きずられながら、深駆は焦る。
「深駆さん、あの娘は」
「え?」
「………あの娘は、陳腐な言葉ですが、正直ものすごいです」
深駆は外したグローブを手に首を傾げた。
「…何がですか」
言った瞬間、
先程深駆が殴った樹が傾ぎ、今まで二人がいた方向へ、轟音をたてて倒れた。
その振動は地を伝って足の身体全体に届いた。二人の目の前に、大木が横たわる。
「……………。」 
ルカは眈々と話す。
「樹が、倒れないのはおかしいと思っていました。貴方があんな大木の幹に力を加えれば手前に倒れてくるのは当然だというのにバカなことをしだすものですから」
「…いやあれはあそこまで上手くいくと思ってなかったもんだから」
反論してみる。いやそりゃ、上手くいって舞い上がっていたから、気づかなかっただけだが。
「…結果を踏まえた発言です」
「そうですね」
すぐに引き下がった。
「倒れてきたときは私の術で止め得るかどうか、考えていたのです。5秒ほど」
「って5秒ですか」
しかしツッコミは忘れなかった。
「5秒と0.32しか間がないでしょう」
ルカが普通に切り返して、続ける。
「樹に穴が空いて倒れないのはおかしい、と思っていたら、ローザという娘が近くにいた。その瞬間、強い魔力、魔力どころではない、波動そのものを感じました。樹が倒れなかったのは、その波の影響だと思われます。彼女、賢者と関係があるのではないでしょうか」
「? はぁ」
 深駆にルカの言うことはよくわからないが、とりあえず倒れてくるとかこないとかの心配を全くしなかった自分は「バカ」だったとして、ルカは、どうかすると死ぬかもしれないというときに、樹の前で、平然と構えていたということになる。それでローザの魔力だとかなんとかを見極めていた。
「それは、すごいですねえ」
深駆は素直に感心する。この人は冷静に博打が出来る人だと思った。
「ええ、すごいです」
ルカは観点が噛み合っていないことに気づかずに、頷いた。
「とりあえずあの娘、賢者と関わっているのなら今回の誘いに乗ったのは正解、良い選択です。しばらく様子を見ましょう」
言ったところで、ワープがはじまった。
深駆は、褒められたのか貶されたのか分からない。

昼の森の、日溜まりがその後に残った。











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