何が起こったのか、さっぱりだった。
血まみれになったナイフを取替え、少し大きめのナイフで戦っていたときだった。
どこからかヴィルさんの声が聞こえて、目を開けてみると、白服がまっすぐルカさんの上に落ちていってて、気がつくと、自分も落ちてて。
とにかく、このままでは危ないなぁ、なんて思いつつ、着地はきれいにできてしまった。
そして、その美しい着地を見てくれた人がいなくてちょっと悲しい気分中だったりする。
「って・・・、イジケてる場合じゃないっすね」
地面に書いた「の」の字を足で消して、立ち上がる。
「さて、どうしよっかねぇ」
階段の反対側に落ちたらしく、他の三人の姿は確認できない。元の位置に戻ることも、当然無理なこと。
 とりあえず、みんなのところに戻ろうとしたとき、四角い、正確には長方形の扉が目に入った。その脇にちいさく上向き矢印のボタン。
「これって・・・」
もしかして、と思いつつ、ボタンを押してみる。
 チンっと聞きなれた音がして、扉がひらく。どうみてもこれって
「エレベーターだよ!!」
ひとり空しく、でもしっかりとつっこむ深駆でした。


 とりあえず、乗ってみた。中はなんら変わらないエレベーター。1〜4階にとまるらしく、とりあえず4階を押してみた。
 チンっと先ほどと同じ音がしてドアが閉まる。エレベーターが上がっていく感覚と音がする。
暇なので鼻歌を歌ってみた。空しくなったので、吹けない口笛を練習してみた。でも聞こえてくるのは空気の漏れる音だけで、余計空しくなってやめた。
エレベーターが止まる感覚と同時に、またチンっと音がして、ドアが開いた。
目の前には真っ暗な広場。
数歩歩み出て、誰かいることに気づく。こちらに背を向けている様子。
ナイフを構え、慎重に近づく。相手が振り返り、顔が、はっきりとではないが、わかった。見覚えがある。
「・・・お前・・・」
相手は口の端に笑みを浮かべた。



 深駆が落ちた。気がついているのは後方支援組みだけであって、前線で戦っているヴィルは知らない。二人はそのことを教えるべきかどうか迷っていたが、戦いが終わってからで問題ないと結論を下し、教えないままにした。とりあえず、このまま支援を続けよう。白服たちはまだたくさん残っている。増えるのは止まったが、数が半端ではない。百はくだらない人数がいる。
 咲はランチャーを降ろすと、地対空スティンガーミサイルを取り出した。
「行っきまっすよー!」
 スティンガーミサイルを敵が一番多く集まっている場所に撃ち込んだ。当然の如く、敵の中心をめがけて。当たった白服は死なないでいるのは不可能。その爆発に巻き込まれた周りのも死なずにいられるわけがない。一気に五人くらいの白服を倒すことが出来た。
「やりー、です」
 一人喜ぶ咲。ルカは白い目で見ながら白服の頚動脈を切った。次々を迫ってくる白服は同じめに合わされた。ルカは全く躊躇する事無く切っていった。
 白服は高高度で二人を避けるように旋回すると、一番手軽な相手、即ちヴィルのほうに集まっていった。前から行ったら飛んで火にいる夏の虫だから背後から。
 背後から迫ってくる気配に気がついたヴィルは振り向き様に斬りかかる。そして何人か切り裂くが、残りがすぐに迫ってくる。それも切る。足場を鞘でつつきながらみなひめの『ぽぴん』という音を確かめて後ろに下がって、横一文字に切り裂いた。師匠から授かった剣が空気を切り裂いた時、少しの衝撃波が生まれた。それくらいすごい剣だったのだ。
「うわ、すげ」
 師匠がこんなすごい力を持った剣と使っていたなんて知らなかった。この剣にも一応名前があるらしいが、全く知らない。そういえば師匠は前に自分の剣には秘められた力があるとか何とか言っていた気がする。それももうあやふやで定かではないが、おそらくこの衝撃波が、その力なのだろう。
 感動している間に白服が背後から迫ってきているのに気がつかなかった。一瞬の隙が出来てしまった。自分の甘さ下限に腹が立った。


 咲はヴィルの背後ががら空きであったのに気がついた。そこに白服が迫ってきているのも知っていた。その数ざっと十から十五。ヴィルは全く気がつかない。
「あーあ。ヴィーちゃん気がついてないです。これ打ち込んでも、ヴィーちゃんなら大丈夫でしょうかねぇ。まぁ、やってみれば分かることですねぇ」
 地対空スティンガーミサイルをしまうと、またグレネードランチャーを取り出し、敵が今一番集まっているところ、すなわちヴィルの背中めがけて撃った。全く躊躇うこともなく撃った。
 弾はヴィルの背後に迫っていた白服に命中。同時に爆発。当たった白服がまずぶっ飛んだ。そしてその爆発に巻き込まれた数人の白服。そして、爆風でヴィルまでもぶっ飛びかけた。ヴィルは反射的に踏ん張ってみなひめの上に残った。
 数秒送れて爆発音が響く。爆発音を聞いてまず何が起こったかを、そのもとを作った咲が悟った。そしてその様子が目に入った後方支援をしていたルカも。数秒遅れて踏ん張りをきかせたヴィルが悟った。
 爆発に巻き込まれないで、顔が蒼白になっていた白服をヴィルは片っ端から斬っていった。そしてみなひめの上に倒れるとそれを蹴り落とした。
(文句はこれが終わってからでいい。今はまずこいつらを)
 ここで始めて深駆がいないことに気がついた。
(あいつの事だからへまして落ちたか。まあ、深駆は簡単に死にそうにないだろうし、ほうっておいても大丈夫だろう。問題はない)
 深駆の心配を欠片もしないで逃げていく白服を一人つかまえると、後は見逃すことにした。もう二度ここないであろう。それくらいあいつらにとっての精神的ダメージを与えたから。
「咲、ルカ!あいつ逃げてくぞ。撃ちたいなら撃て。ただ、俺はその必要はないと踏んでいる。あとはお前らのやりたいようにやれ。俺は知らん」
 二人に向かって叫んだ。
「ですってー。どうしますぅ?」
「放っておいてもいいなら放っておきましょう。逃げてく連中に構ってる時間が無駄ですし。それより、ヴィルさんが捕まえているあの白服は一体なんでしょうか?」
「拷問ターイム、ですかね」
「なるほど。ここの中とあの小娘の居場所を聞き出すんですね」
「僕もそう思いますー。あー、ヴィルさん足場がなくて困ってるみたいですよ。ほら、下、指さしてますし」
「みなひめを階段から離しましたからね。さて、またくっつけますか」
 みなひめの上を慎重に歩いて、ヴィルが戻って来た。
「ご無事で何よりです」
「ああ。それより――」
 一回切って咲の方を睨むと、
「俺まで殺す気だったのか?」
 と低い声で訊いた。普通ならこの睨みと声で聞かれたら思わずすくんでしまう。だが、咲は異常な人間だったから全くそんな素振りを見せず、
「まっさかー。あれ使わないと一回で終わらないから使っただけですよー。それに殺すんだったらもっと簡単にやりますよ?機会はいくらでもあるわけですし」
「そうか、ならいい」
 ここで捕まえていた白服の手を離した。
「ところで、こいつはどうするんです?何か聞きだすために連れてきたんですよね?」
「そうだ。まずはあのチビの居場所だ。どこにいる?」
 白服の喉元に剣を突きつけて聞く。ヴィルはいつも何か聞きだすときはこうやっているから自然とそうなる。最初深駆と遭ったときもそうだった。
「しらねえよ。それに、知ってても誰が教えるか」
「それじゃ、お楽しみの拷問ターイム、に突入ですねぇ。まず僕がしたいですねえ。こういった人間ってすっごく嫌いですから」
 かなり無気味に笑っている。眼は笑っていないから、結構怖い。
「構いません。私はそんな趣味ないですから、お好きなように。但し、聞き出すまで殺してはいけませんよ」
「大丈夫です。ちゃんと必要なことは全部聞き出しますからー」
 不安だったが任せることにした。ヴィルも静かに頷く。わーいと咲は言って、ベレッタで足を撃った。
 突然の激痛に顔をしかめる白服。
「またこうなりたくなかったら、言ったほうがいいですよ?言わないと今度は立てなくしちゃいますから」
 既に立っていない白服に言う。それでも、
「へっ、そんな脅しがきくかよ、お譲ちゃん?」
 ババンッ!
 咲がまた躊躇する事無く撃った。それも二発。一瞬のうちに白服は両足から血を流し始めた。そして、足に激痛が走り、もがきまわる。
 それを咲が踏みつけると、蛙が潰れたような声を上げる。
「まだ言いませんか?弾がもったいないから早く言ってほしいんですけど?」
 額に銃口を押し当てた。撃ったすぐ後だから銃口が熱い。その熱さにも顔をしかめる。
「このまま撃ったらどうなるか、分かってますよねー?それでもいいんですか?」
 無気味は笑いが一層無気味に思えてくる。見ている二人も怖くなったが、二人ともポーカーフェイスだ。無表情のまま、咲を見ている。
「わわわわわわわかった、わかった。言うから、言うから。撃たないでくれ」
「最初っからそうすればいいのにー」
 グリップで殴る。
 殴られた頭を抑えている白服に咲はさっきと同じ口調で問い掛ける。
「それで?あのガキンチョの居場所はどこですかぁ?五数える間に答えはじめないと、また殴りますですよー」
 ひいいっと怯える白服を見ながら、咲はいーち、にー……と数え始める。
「ろろろろ、ローザ様はこの上にある部屋にいます。いいい、言ったからもう勘弁して下さい」
「まだダメですー。他にも聞きたいことがありますからねぇ」
「なななな、何、何ですか?」
「んーとね、ヴィーちゃんさん、何から聞きますか?」
 そうだなと前置きしてヴィルは答え始める。
「あのチビの居場所はわかった。それならまずお前らは誰に命令されて行動しているか、だ」
「ですって。さぁ、早く答えてください」
「ろろろろ、ローザ様です」
「四天王とか言う変人は関係ないのか?」
「あの方々はいわゆる中間管理職であって、自分らはローザ様直属の部下なので関係ありません」
(そのわりには弱いな)
「ヴィーちゃんさん、これで終わりですか?」
「俺は終わりだ。ルカ、お前は何かあるか?」
「ありません。聞いたところでそれを完全に信用できるかどうかも分かりませんから。それに、もともと訊く必要もないです」
「んじゃ、もう用なしですねえ。帰っていいですよぉ。その代わり、今喋ったことは他言しないほうが身のためですよ」
 全速力で逃げていく白服。その様子を見たルカは、あの白服が本当にあのローザの直属の部下なのか疑問に思った。直属の部下の癖に、かなり弱い上にだらしない。
「これからどうしますか?ぬーちゃんは落ちたし、まあ、死なないでいると思いますから先進んじゃいましょうか?」
「そうだな。とりあえず上に進むか。ここまで来て下に行くのは気に食わん。上を見て何もなかったら下りることにしよう」
「そうですね。それが一番いいでしょう」
 そこに何かしたから光るものが迫ってきている。速度はそこまでない。咲は自動小銃を構え、ルカはナイフを構えた。ヴィルは全く構える態勢にない。
「エレベーター、ですね。誰か乗ってるんでしょうか?」
「エレベーター?一体それは何ですか?」
「えっとですねえ、……エレベーターって言うのは……うーんと、下の階から上の階、もしくは上の階から下の階に行くために簡単に移動できる乗り物と言った所ですかねぇ」
「なるほど。誰か乗っています。一人ですね。白服ではないみたいです。服、白くないですし見覚えがあります。深駆さんに似てます」
「ぬーちゃん?下にエレベーターあるなら言って欲しかったですねえ」


「あー、咲殿にルカさん。それにヴィルさんも。ってことは自分ひとりで先に行くってことか?あー、不安だなぁ。いやだなぁ」
 誰もいないエレベーターの中で独りごちる深駆。誰も突っ込みを入れない淋しさと、誰も反応してくれない淋しさでまたいじけ始めた。


「ぬーちゃんですね」
「間違いありません。深駆さんです。やはり無事でしたか」
 エレベーターが下から上に行くのをみんなで見送ってしばらくバカみたいにボーっとしていた。
「行くぞ。あいつを一人にしているのは不安がある。もしあのチビが深駆一人にかかっていったとしたら、まず勝ち目はない」
「そうですね。急いだ方がいいでしょう」
「りょーかいです」
 三人は階段を駆け上がり始めた。そのときになって初めてルカと咲はヴィルの腰に剣が二本あることに気がついた。
「ヴィルさん、その剣は一体?」
「俺のが折れた。もう一本は師匠のだ」
「師匠様の?会ったんですか?」
「試練の部屋でな。そのときに折れて、師匠が俺にこれを渡した」
「あなたの剣は、どうするんです?折れたって?」
「どうかなるだろ。折れたままならそれでいいし、誰かが修理してくれるならそれでもいい。ま、修理できる人間がいるかどうかは不明だがな」
「ですよね」
 階段がまだまだ続く。その間敵と思われるものは一匹も出てこない。さっきの戦闘であれだけ怖い目にあわせておけば、出ろと命令されても命が惜しいものなら出てくるわけがない。なぜなら、咲が常に拳銃を撃てるように出しているからだ。
「咲さん、それいい加減にしまってもいいんじゃないですか?」
「あ、これですか?これ非常時にいつでも使えるようにってことですよー。非常事態に備えて」
「敵が出てこないから必要ないと思います」
「まあ、そうですけどーぶっちゃけ面倒なんですよ、いちいちしまうの。それにこれだったら手軽だし出してても苦にならないからいいかなーって思って」
「…………」
 咲の能天気度に絶句したルカ。もはや咲には何を言っても無駄だ。ああいえばこういってくる。素直に人の言うことを聞いてくれない。特に自分の。
「ルカ、諦めろ」
 ボソッと言うヴィル。
「そうですね」
 同意するルカ。


 階段はまだまだ続く。
 線路ではないが、どこまでも続くのだろうか。
 そんな不安を持った異世界組み。咲はさっきからそんなことどうでも良さそうにしているように見える。
 それでもずっと駆け上がっていくと、ようやく扉のようなものが上のほうに見えた。
「見えた、扉だ」
「そこに深駆さんはいますか?」
「いや、誰もいないように見える。急ぐぞ」
「いつでも戦闘に入っていいですからー」
 まだ戦闘はないと思うが、そんなことを口にしている暇はない。あるとしたら、扉に入ってからだ。
 駆け上がって扉の前に到着した。少々息が荒い三人。さすがにここまで駆け上がってくるのは大変だ。その上、駆け上がる前に戦闘があったのだから。
 呼吸を落ち着かせて、ヴィルが扉に手をかける。
「あけるぞ」
 二人は無言で頷く。
 ヴィルが勢いよく扉を開けた。
 そこにはあの白服が言っていた通りローザがいた。











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