8


「中々強いですねぇ。黒服さん二人を一瞬〜。ところでぇ。」
「なんだ」
 血を流し倒れている黒服の者たちを前に、のほほんと響く咲の声。半ば面倒に思いつつもヴィルは返答を返す。なんだかんだいっても他人を邪険に扱えない性質のようだ。そのくせ人付き合いが苦手であるから救われない。
「えっとですね、それってなんなんですかぁ?」
 飾り気のないヴィルの服装。そのなかで、異彩を放っている、ヴィルの剣にはめ込まれた淡い光を放つ宝石。少し、意外だなとでも思ったのだろうか。咲はまじまじとその宝石をみつめて再度問う。
「剣だけ、すごく高価そうですよねぇ。うん、なかなか切れ味良かったですよ」
 だけ、が強調されていたような気がするのはたぶんヴィルの被害妄想…ということにしておいて。不機嫌にヴィルは答える。
「コレは預かり物だ。俺のものじゃない」
「だからですかぁ。道理で似合わないと思いました。ちなみに、どうやって光ってるんですか?」
 いつの間にやらすぐ真横まで近寄ってきた咲は、つんつんと剣にはめ込まれた美しい宝石をつつく。と、ヴィルは冷めた声で告げる。
「やめとけ。死ぬかもしれん。」
 言われた咲の方はといえば、
「そうなんですかぁ」
 と別段驚く様子もなく手を離す。
「いわくつきってことなんですねぇ」
 ぼんやりとした光を見つめつつ咲が呟くと、ヴィルはまた何処へか歩き始めながら答える。
「あぁ、もう一つ似たようなのがあってな。それが揃ったら世界が破滅する、なんて伝承がある。本当かどうかなんて知った話ではないがな。ところで…」
 てこてことヴィルの後ろをついてくる咲にヴィルは振り返る。
「先刻も言ったと思うが、俺にはお前にできることなんかないんだ。さっさと行ってくれ。…俺は急いでるんだ。」
「急いでるってどこに?」
「どこだっていいだろう。それよりも、早く、どこかへ行け。…コレを持っている限り、俺の周りには先刻のようなヤツラがまとわりつき続ける。お前は足手まといになる。」
 宝石が咲に良く見えるように、剣を振り上げて見せてヴィルはそう告げると。足を速める。しかし、それでも咲は半ば走るようにしながらついてくる。
 そして十数分、ヴィルは最後には苛立ち、再度咲を振り返る。
「お前…そろそろ…!?」
 そう言った瞬間だった。ヴィルの頬をかすり何かが後ろへと飛んでいく。そして次の瞬間。どさり、と何かが落ちる音がした。つぅ、っと頬を赤い血が流れる。
 咲はなにやら煙の出ている黒いものをマフラーの中へと刺しなおし、ヴィルに駆け寄る。
「すいません、お兄さんが気づいてないみたいだったんで撃ったら…当たっちゃいました」
 よいしょ、とつぶやきつつ、自分の服の裾を破りとり、咲はヴィルの頬の傷を抑える。じわり、と布に染み込む赤い血。
「えっと…消毒薬かお酒か何かがあると嬉しいんですよねぇ。ありますか?」
「いや、いい。こんなもの放っておけば治る。それより、礼をいう。助かった。」
 そういって、ヴィルは自分の頬にある咲の手に自分の手を重ね、咲の手を自分の頬から離させた。
 そして、すっと背後を振り向くと、そこには黒服の死体。何か小さいものが左胸を貫通しているようだ。
 と、ヴィルはくいくい、と服をひっぱられているのを感じて咲へと向き直す。
「あの〜…一応、今のでわかったかもですがぁ…僕は自分の身は自分で守る程度の事はできます。それに、お兄さんと一緒にいるのも危険かもしれませんが、ここの状況を何も知らないでただうろつくのも同じくらい危険だと思うんですよ。だから……お兄さんと、一緒にいってもいいですか?」
 じっと咲はヴィルの返事を待って、ヴィルの瞳を見つめ続ける。そして、一瞬。ヴィルは照れたような表情をして顔をそらし立ち上がる。
「ヴィルだ」
「えっ?」
「俺の名前だ。ヴィルと呼んでくれればいい。足手まといにならずに、お前がついてこれるというなら、勝手にすればいい。」
 そう告げて、また歩きはじめるヴィルに、咲はぱぁっと顔を輝かせてついていく。
「ありがとうございます、ヴィンちゃんさん。」
「まて、誰が『ヴィルちゃんさん』だ」   
「お兄さんが」
「俺は『ヴィル』だっ」
「はい、わかってますヴィンちゃんさん」
「わかってねぇっ」


 9


「と…とりあえず、逃げてください。時間稼ぎはしますからっ」
 ルカはそう叫び、深駆を走らせる。少しだけその姿の方へと目をやる。本当に遅い。ルカは思わず本当に時間稼ぎができるだろうか、と悩みこんだが、そんな暇もなく石人形は襲い掛かってくる。
 すぅ、っと息を吸い込んで、ルカはナイフを構える。
 逃げるわけにはいかない、負けるわけにもいかない。ここで倒さなければ。
 ルカはそう念じつつ、何本ものナイフを取り出すと石人形の急所である頭部のくぼみをめがけて投げつける。一体、二体…。なんとか倒していくものの、いかんせん数が多い。もう深駆もだいぶ遠くまで逃げただろうから、そろそろ引き際か…
 そうルカが計算し始めた時。背後からありえない声が聞こえてきた。
「すまんー。やっぱり気になって逃げ切れんかった。」
 間違うはずもなく。それは深駆の声。ルカは本当に、本当に脱力した。が、次の瞬間にはすぐに気を取り直した。脱力している場合ではない。深駆が戻ってきてしまった今、逃げる選択肢は絶たれた。石人形らを全員倒すしかない。

 (さて、どうすれば)己の良心に無理やり引っ張られてきた彼には敵を倒すどころか、自分の身を守る術もない。
(自分にどうにかできることは……)考えてる側、
「危ない!」ルカの声、反応。岩石の拳が風を切る。彼がその拳を確認したのはその顔の真横で肩の上だった。
(んなもんあるか!)己の厄介な良心を怒鳴る。が、その間さえ待たずに人形は拳を振りかぶる。
(わっ!!…………?)何もこない?見ると、目の前の石人形はその原型を失いはじめている。
「大丈夫ですか」言うと同時にそれからナイフを抜き取るルカ。それに合わせて敵は崩れ落ちる。
「あ、どうも……」
「ちゃんと、逃げてください」その言葉には明らかに彼への苛立ちが見えた。
「いや、でも…」ろくなことが言えない深駆。
「いいから、逃げなさい」彼を背にかばいながら前を、残った五体ほどの人形を見据えるルカ。


 10


「『咲』だったな、少し聞く」砂漠を行く二人。
「なんでしょうか」
「お前と、お前の持つそれ、『銃』だったか、そっちの世界では、お前みたいな奴やその銃も一般的なものなのか?」内心、シンプルな力に興味を覚えたヴィル。咲は、うーーん、と頭を傾げた後で。
「まぁ、わりかしメジャーですよむー」と、掴めない発音。


 11


(ああ、逃げときゃよかった)ここにシンプルに非力な少年。
(ルカさん怒らせたし……)木の陰の深駆。すぐそこでは、ルカのナイフとなんらかの鉱物とが衝突する音が幾度と無く響く。
(でも、あのまま逃げても、自分は絶対後悔した)自分を納得させる。すると、胸の鼓動も穏やかになるのを感じる。
(やっぱり、戦わないと)『戦う』の意志が彼の中で昂揚感を生む。
(ああ、でも足引っ張りそうだー)同時に不安を掻き立てる。
 そこまで思って、
(?……似てる)現在の心地が慣れ親しんだあるものと似ていることに気づく。
(もしかして、今なら……)顔を上げる。すぐそこで最初にルカの投げたナイフが、砂の小山に埋まっているのが分かった。
 人形に囲まれながらも、確実にその数を減らしていくルカ。だが、背後で嫌な足音を感じた。
「まさか……」敵と敵との隙間に何か動いているものを見た。その時、目の前の一体の敵の動きが止まる。
「なにをやっているんですか!」秩序荒らした声に敵も一瞬戸惑う。
「深駆さん!」崩れた人形の背後から、手にナイフを持った深駆が現われた。
「なんとかなる…から」そのとき再び岩石の拳。二人の間で空を切っただけのそれ。避けた二人だが、その結果、一体の敵を境に孤立させられることとなった。
(しまった!)当然のものとして深駆を助けようと考え、砂人形の横をすり抜けようとするルカ。だが、阻まれた。その数は3体。先ほど、ルカを四方から攻撃していたのとは打って変わって今はただ、彼女を深駆の所へ行かせないための壁を担おうとする。
「まさか、『砂人形』が意志、違う。『意図』を持って動いている!?」本来なら、ごく単純な行動しかしないはずの『砂人形』だが、今は確かに二人を分散させ、深駆を独りにし、助けに入ろうとするルカへの足止めさえぬかりはない。
(こんな人形を造れるのは……)敵の拳!いつもなら難なくかわせるはずのそれが衣服にかすった。
「仕方ありません」自身の焦りすら理解したルカ。ナイフをしまう。
砂人形のけん制のためだけの拳をかわす。瞬間、砂人形に指先で触れる。続いて、二体の拳。これも流れるようにかわすと同時にこの二体にも触れる。今ルカが行ったのはかわすことと触ること、それだけ。だから、統率の取れた三体の人形を突破するどころか、はじめの一体には背を向ける事となった。今、その拳が……。
「…虚ろな有よ」ぴたりと止まった。その一体だけではない、ルカの側面にある二体すらルカのつぶやきと共に静止。同時に彼女の指先には淡い光を放つ糸状の何かが現われ、それらは彼女が砂人形に触れた部位と繋がっていた。
「還りなさい」冷気さえ含んだ美しい声。それとは対照的に砂人形達の各々の部位が派手に砕け散る。それぞれが歪な形で二つに壊れ地に落ちた。
「深駆さん!」足元で砂に還る敵は視野にもいれず、辺りを見渡すルカ。
「え……」駆け出しかけていたルカ足が止まった。今、彼女の瞳に移っているのは崩れ行く一体の砂人形と、
「案外、なんとかなるもんだ」いい汗をかいた少年だけ。

「これ、どうも」軽く頭を下げながらルカにナイフを手渡す深紅。
「……」無言でそれを受け取るルカは、彼についての思考を巡らせている。
(やっぱ、怒ってる?)
「いやいや、でもルカさん、さっきの魔法はさすがでしたよ」とりあえず、よいしょを試みる。
「……『魔法』?」腑に落ちない顔のルカ。
「ほらさっきの指からビィーーってやって、ボカンってやつ」必死にはしゃぐ深駆。
「あれは違いますよ」
「え?」
「あれは空間を使役するものではなく、自分の体を用いて力を送り込んだものです」
「だから……」淡々解説するルカだが、
「要は『必殺技』ってことですね」深駆は独り場を盛り上げたがる。
「ま…それでいいです」そのはしゃぎっぷりに説明をあきらめる。
「?……じゃぁ、あなたは敵との戦闘の最中にこちらを見ていたと」目を微かにだが大きくしたルカに対して、
「いや、自分のは二匹でしたのにルカさんのは三匹もいたじゃないですか、だから少し気になってしまって」笑ってこたえる深駆。
「……解りました」 
ルカのため息。深駆にはその意図は掴めなかった。
「少しここで待っててください、軽く辺りを探索してきます」言って、深駆に背を向けるルカ。
「え……、ここに独りでいるんですか!?」汗も乾ききった少年、取り乱すと同時にすがるような声。
「大丈夫ですよ……何とかなるのでしょう」だが、冷たい横顔を見せたルカには何も届かなかった。

 独り森を行くルカ。立ち止まる。そこは何もない場所、際立った植物も、不可思議な泉も無い。ごく普通の『森』である場所だ。
「私としたことが……」呟き、その右の手の平を見つめる。
「分かってはいるのですが」その指先は蒼白。静寂をまとう彼女の中に在りながらありながらもまるで時間が止まった様で……。

「また、やっちゃたか」近くの木を背もたれに深駆は座る。
「小さな親切、大きなお世話。分かっちゃいるけど」ため息をついた時、
 ボスンッ と、何かが落ちる音。
「わっひゃー!」と、わけのわからない悲鳴。彼のすごいところは叫んだ次の瞬間には綺麗なフォームで逃げ出していたことだ。しかし、
「いたいですぅーーー」何かが落ちたと思われる場所から届いた、女性、いや『女の子』の泣き声に止まる。彼の厄介なところはその声を聞いた次の瞬間には草むらを覗いていたことだ。
「き、君は……」そこに居たのは本当に『女の子』だった。唯一気になったなは彼女の側に転がる杖、恐らく彼女の物に『本気狩棒』と書かれていたのが目に付いたこと。
「ローザ、座標軸の転移中に今日の空を考えてたら、空に出ちゃいましたーー」何か難しい事をわめき、泣く。
「?」無論、さっぱり分かっちゃいないが、彼女の膝から血がながれていることに気づく。
「だってお師匠様は忙しいからぜんぜんローザに……」『ローザ』という彼女自身を指しているであろう語以外は全然分からないので余計にその傷に目が行く。
「ちょっと、待ってて、」言うとぽけっとから、伴奏子と、消毒液と脱脂綿を普通に取り出す。
「これでも実は自分は看護学校にかよってましてね」得意そうに話すと慣れた手つきで処置を施す。
「ほら、もう大丈夫」大き目の伴奏子をぴたっと。
「君は迷子、かな?」ここまで深駆の処置を我が身のことながらも呆然と見ていたルカだが、ここではっとする。
「ねぇ、ぬーちゃん」
「ぬーちゃん?」今までで覚えのない呼び名に戸惑う
「そう、ぬーちゃん」
「これ、あげる」差し出されたのは一対の藍色をした皮のグローブ。
「これは?」
「ソーサリーグローブ」未来の世界の猫型ロボットを思わせる口ぶり。
「って何?」
「とりあえずすごい武器なのー、ちょっと失敗しっちゃたけど、きっとすごい武器なのー」よく見ると、手の甲に当たる部分には大きな紫水晶らしきものがついており、確かにただのグローブではなさそうだだとは思うが、
「『きっと』って」あと、『ちょっと失敗した』ってのも気になる。
「あのね、ぬーちゃんがもらってくれないと、ローザがお師匠様のお金で勝手に『無垢水晶』買ったのがばれてしまうのー。せっかくお師匠様がでかけたから……」この時、何か非常に微妙な陰りを彼女から感じたが、
「あ、ありがとう」再び泣き出しそうなその顔に懸念は消え去る。
グローブを受け取った瞬間に わーい とローザ。
「じゃ、さよならですー」笑顔で杖を手に、目を閉じた。
「その結局君はここで……」言いかける深駆の目の前で景色が歪む。
「え!?」発生した歪みがローザを飲み込んだと思った次の瞬間、ゆがみは逆に働いて一瞬で元の空間へと戻った。
「消えた……」
その時、突如草むらが揺れる、今度は無言で逃げ出す彼だが、
「どうかしましたか」そこから現われたルカの声を確認した。

「さっき、変なことがありまして」2人森を行きながら深駆が問う。
「変なこと?」
「はい、小さな女の子が膝を怪我していて、手当てしたら手袋くれて、その直後でいきなり消えたんですよ」彼女からもらったグローブを手に語る。
「にしても、驚きましたよ。あんな小さな子までが……」語りながらどこか重い表情のルカにきづく。
「その子はあなたの目の前で座標を転移したと?」深駆の目を見て聞くルカに彼は少したじろう。
「え、ええ。でも案外どうにかなるもんなんでしょ。こっちなら」深駆が言った後に少しの間。その後ゆっくりルカが口を開く。
「そんなことが出来るのは『賢者』かそれに次ぐものぐらいですね」静かに言ったルカの瞳はどこか憂いを秘めていた。











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