16


「くだらん、」
 言いながら振るった拳は空を割った。
「くだらん、」
 ガラスが砕けるかのような音が森に響く。
「くだらん!」
 次々と壊れていく結界、即ちルカの精神力。
「……」
 ルカは動かない、何もしない。ただ砕かれていく結界と共に、突き刺さるような頭痛を自覚するだけ。
「……」
 戦えないことを知っている。勝てないことを知っている。逃げられないことを知っている。彼女の頭脳が瞬時にはじき出した残酷に明瞭な答え、時間稼ぎ。
「くだらん、ぞ」
 敵もそれは知っている。だからこそ単純に確実に1枚ずつ結界を壊している。
「……」
 だが、ただ、気になることがあった。不謹慎?いや、この状況において『不謹慎』すら私は失っている。だったら……。
「何を……望んでいるのですか」
 言って、反応したことが分かった。
「……」
 結界で4枚隔てて止まった。
「……」
 その瞳は寸分の揺らぎもなく自分を捕らえている。
「……」
 その眼光に抗う力など無いことは承知している。頭を裂かんばかりの頭痛。全てを放棄したくなる、このままいっそ倒れてしまいたい。それでも今はこれに応えなければならない……恐らくは単純な疑問のために。
「終わりだ」
 静かに言い放たれたそれ。
「……世界の?」
 石の言い伝えは知っていた。半ば迷信と疑いながらも自分の存在の為にも護り続けたこれ。だが今は賢者と称されるまでの者がこれを求めている。ことを本当と確信するには充分過ぎる理由だった。
「全てだ……俺を含めた全て」
 変わらぬ口調の中で、微かに沈んだ瞳を知った。
「……そう、全てだ」
「……」
 なんだ、と思う。たった今垣間見た敵の目的、この人の力の原点は……。
「要するにただの臆病者……」
「それならそれで構わんさ」
 自分の言葉を遮った敵。その瞳はすでに元のものに戻っていた。
「結局は死ぬだけだ」
 その右手がゆっくり上がって、自分の腰の辺りに違和感。
「俺も、お前もな」
 気付いた時には、宙に浮かんでいるナイフたち。
「今は……お前だ!」
 空から放たれたナイフ、咄嗟に展開させた結界。あまりに脆いそれらを突き破るナイフ。連なる激しい頭痛の中、必死に距離を取ろうとする。結界を破ると同時に落ちて行くナイフも数本。だが、数が多すぎる。ついに頭を砕かれたかのような激痛、最期の1枚が破られたのを知る。同時に膝が落ちる。今にも飛びそうな意識、大きく揺らぐ視界。正面から葉を踏む音と視界に割り込んできたその足。体の回りには数本の殺気……もう、これは……。
 ……。
 ……。
 ……?……え?
「待ってろ、お前もすぐだ」
 奇妙な間の後で聞こえた声。気にはなるが……どうでもいい。なぜならすでに放たれたナイフを感じているから。
 ……。
 ……。
 ……?……あれ?
 再びの奇妙な間の後でその小さな背中を確認していた。
「……あとでいくらでも謝るから」
 声と同時に落ちた数本のナイフ。どうやら彼の手から落ちたようだ。
「今はとりあえず、それ頼む」
 目の前に落ちてきた、見慣れないそれ。何かは知らないが、数字が並んでいることだけが分かった。
「大切なものだから」
 そこにある3つの7を確認したあとで、それが誰かを知った。
「……」
 声も出せないでいると、いつの間にか接近していた敵を知る。
「!……逃げ、」
 言い終わる前に一瞬の攻防。もうルカの目には追えてはいない。したがって、結果だけがその目に写る。
「……!」
 それはルカが思っていたものとは全く別の光景だった。空に突き出された久女の拳と、その腹部に触れている小さな拳。
「な……」
久女から漏れた声。直後に後ろにさがって距離をとった。
「……」
 無言で距離を詰める彼。そのまま左で上段、これを久女はかわした、瞬間に鈍い音。
 今度は右のわき腹に接していたその足。
「!?」
 久女の表情が初めて動く、驚きと痛みとに。そして再び距離をとることとなった。
 その動きに、目の前の結果にその存在を疑うルカだったが。崩れる意識をもうどうしようもなくなった。


 変な感覚だ。なんだか不思議な感覚。
  相手の右足が少し浮いた
  重心が同時に前へと移動する
  後ろ足が地を蹴った
  そうか、跳び込んでくる気だ
 何で、解るんだか。敵が遅い?そんなわけない!羨ましいぐらいの速さだ。じゃあ、世界がゆっくり回っている?違う、いつもどうりだ、さっきと同じ。同じペースで時間は流れている。じゃあ、なんで……。
  敵がこちらに飛んでくるのが分かる
  今から伸びようとしている拳が分かる
  楽にかわせるよ、どうすればいいか明らかだもの
  拳を伸ばした後、敵の重心移動を知った
  早い話、読まれているようだ
  反対側に隙が見える、ここを蹴る
  気付かれた、目が足にいった
  後ろに跳ぼうとしている
  なら足を止める
  相手の両足が地面を離れた
  俺の右足は地面に戻った
  宙に居る敵と地面の俺、チャンスだ
  細かく地面を蹴ってそのふところへ
  よし、敵が地に付くのに充分間に合う
  両腕を組んだ、受ける気だ
  拳じゃ駄目だな、このまま勢いを殺さずに楽に打てるのは
  ……肘だ!
 自分の肘が敵と接する瞬間、送られる力に反作用。敵が顔をしかめたこと、後ろに跳んだまま体勢を崩したこと……全部分かるんだ。
 そうか、なんとなくだけど解る。これは、この感覚は相手が遅くなった訳じゃない。時間がゆっくり流れている訳じゃない。恐らく俺自身の問題。今の俺がいつもより細かい時間の中で生きているから……。


 ……違う。
 久女は認めた。たった3度の攻防の中で確かに押されていた自分。
 つい先ほどまでは何でもなかったこいつに?……そうだ、確かに俺は押されている。認めなければ、この屈辱も驚きも今だけのこと。こいつを殺せたならそれまでのこと。だから今は認めることが、克目することが大切。
 これは全くの別人。接近時に知った好ましくない感覚。自分の動きは全て読まれている……いや、というよりは『見られている』気がする。なまじ信じられないが、敵の動体視力と己の感覚、現状で信じるべきは後者。
 だが、敵の筋力は皆無だ。あの蹴りなら最低限の受けを怠らなければ40は耐えられるはずだ。拳はなら自然体でも70まではなんとでもなる。それに対して俺はたったの2発でいい。蹴りでも突きでも一撃目で決定打を与えることが可能。もう一撃で命を絶てばいい。一撃で即死させることも可能だがそれでは隙も生まれる。要するに、これからの攻防で敵の攻撃を何十回と受ける間に俺は一撃があればいい。容易くはないが、不可能ではない。どんなに細かく見ていようと、どうにもならない状況はあるはずだ。それを見出し、造りだすための流れを把握する。それを成すに充分な時間が俺にはある。
 ……そうだ。やつにはあのグローブもあった。今は素手だが、どういうことだ。
 その素手の両拳を睨む久女。ほぼ同時に膨らんでいたポケットに手を伸ばしす深駆。そこから取り出されたのは一対のグローブ。
 やはり、まだ持っていたか。あれをまともに受けることはできない。全精神力を持って相殺に徹しようと、1発が限界、その後は倒れるだけだ。あれは俺のクレスと同等のキャパシティを持ちながら、その全てを一瞬の中に凝縮している。だが、そう焦ることも無い。その一瞬にだけ気をつければ恐れるに足らない。
 グローブを装着した深駆。そして最初のグー。グローブが起動を始める。
 そう、今からの五秒の感覚にだけ気をつければ問題無い。そこで少しでも距離をとったなら完全に無効化することが可能だ。
 だがその光景に目を疑う。あのグローブは既に淡い光に包まれていた。まだ時間はほとんど経っていない。それどころか、それは起動を始めると同時に湧いていた。考えている間もその輝きは持続している。
 深駆の目がそのグローブにいった、のは本当に短い時間。伸ばした指のままでその手を無造作に振った。途端に迫り来る何か、反射的に防御で構える。肌に感じた強い風、だが頭上では静かな木々、微動だにしない足元の木の葉。両腕に覚えた圧力は間の空いた直線の形……ちょうど、大きな人の指のような。
 『ソーサリーグローブ』とほぼ同等の威力。でもあれは効能時間が違う……まだ続いている、途切れることさえ疑問に思える。これも認めるしかないのだろう。しかし、何故……。
 その光に慎重に目を遣る。まだ途切れてはいない。だが、その外見はさっきまでのものと寸分違わない。
 ……あの光、『揺れ』がある。細部は常に変化しながらもその『揺れ』自体には規則性、もっと単調な、リズムがある。ちょうど……そうだ、あいつの呼吸と呼応しているように見える。
 ……厄介な仮説だ。今のあいつの力は『実力』ではなく『能力』によるところ。詳細は不明だが、俺の動きを『見えている』と仮定して、さらに先ほどから奴の仕草から『思考』が消えうせた、これを極端に短くなったと考えれば一応筋は通る。奴は限りなく細かい時間を『知覚』しているとすれば。これなら俺の動きを細部まで見極め、無いような時間の中での思考も可能ということになる。さらにあの光は奴との『同調』。ソーサリーグローブの欠陥、正確には限界、ツール基盤の容量の問題で時間を捨てて威力を追及したあれだが、今は奴自身がパーツの一つとなってこれを補っている……というのが今現在の全ての情報を用いた一番可能性の高い、『仮定』、か。
 それにしてもなんという偶然だろうか。生物自身の精神力と媒介ツールが同調するなんて……?『偶然』、本当にこれはそうなのか?
 脳裏に浮かぶ大きな存在が二つ。だが要素を見れば、別々の意図。相反する意図?打ち合わせられた計画?それとも本当に……。

  ……まぁ、いいさ

「確かなのは、楽しめるということだ」
 自然に、感情の赴くままに久女は笑った。



「使わせてもらうが、異存は無いな」
 こちらに拳を突き出しながら相手が言ってきた。正確には突き出したのは拳ではなくあのグローブ……確か『クレスケンスルーナ』、。これにただ頷く。
「いくぞ」
 言うと同時に眼下にあったナイフや木の葉などが静かに浮かび上がろうとする。木の葉、と言っても見たことのないそれは鋭利な針葉樹であり、しかも不自然なほどに厚い、1pはあるその肉厚は今ナイフと共に宙にあるのを見ても、見劣りというか安心の念は一切わかない。
「……いけ」
 声に反応したそれらが、今動き出した。向こうではこちらへと地を蹴りだした相手も確認できる。
(……同時攻撃か)
 悟って、右手でナイフ達の方へと空を切る、俺も前へ。吹き飛ぶナイフと砕ける木の葉とを知る、健在である回りのも確認しながら、できたスペースに体を入れる。もうそこにいる相手、拳は腹部のさらにど真ん中、左右の肋骨との間へと向かっている。相手の拳から発せられているのはエメラルド色の光。素で大木に突き刺さるこれが恐らくさらに高まったであろう力は生身では受けられない。左の拳が間に合う、これで……弾く!
 ぶつかり合う力、大きな反作用に反れるであろう上半身。今、上半身が反れると共に足が浮いた。宙に浮く体、背後へとかかる力。地面へと叩きつけられそうな今が分かるから、どうするべきかも見えてくる。先に地面につくのは左肩。思いっきり地面を叩いて受身を取れば……。


 吹き飛んだ敵、自分も大きな衝撃を受けたものの、なんとか堪えることができた。やはり熟考されていたその動きに瞬時の適切な判断、そして一撃必殺の拳……奴は強い。共に一撃で決するこの勝負、奴の『知覚』の前には俺の『感覚』も劣るだろう。だから俺がどこまでクレスを使えるかで決まる。

  ボガァン!!

 轟音と共に噴火した向こうの地面。咄嗟に敵が地面を叩いたのを知った。同時に何も分からなくなった視界に焦りを覚える。奴ならば今でも俺を確認するのに充分な時間がある。
「く……」
 近くの樹木を背に、辺りを警戒。どこだ、どこから来る。
……仕方ない。
 辺り1メートルの位置にある空間を土埃や木の葉ごと固定。精神は疲労するものの、これで相手がどの方向からこようと瞬時に察することが出来る。
「さぁ、来るがいいさ」
 どこに居るかも判らぬ敵に言ってやる。
 ……来い。
 ……。
 来ない?……もう土煙も大分おさまったってきた。
 向こうに人影、ちょうど奴が叩いたあの辺りに。
 !何か構えている。他の空間を放してその方向に木の葉やナイフを集める。
 ……。
……違う。奴はあの場から少しも動いていなかった。特に何をしようとも考えていなかった。構えに思えたあの右腕はただ土煙から目を保護しようとしただけ。
 完全に治まった土煙。敵がその腕をどかすとその瞳が明らかになる。その色に悟らされた、いつの間にか奴を恐れていた俺。
「……」
 自身の舌打ちも止められずに、手元の空間を放つ。

 受身取るつもりがグローブのことをすっかり忘れていたよ。もっとよく考えないとな。
 すごい数のナイフや木の葉が向かってくる。正面から抜けるにはあまりに密集している。避けようにも相手の意思で動くのだから追尾されるのは目に見えている。それにあの目……怖っ、真剣さがありありと伝わってくる。どうじに今までは見えなかった必死さも。
 かなり前から、これが効力を維持できるようになってから気になっていたこと。この光、常に空気中に消えていくが、同時にどこからか常に湧いているこれ。ある程度は思い通りに操れるようだ。今こっちに向かっているあれらはこの距離で拳を振るってもほとんど揺らがないだろうし、直接全てを砕くにはあまりに広範囲。でも慌てないでいられるのは見えていることへの安心ともう一つ、ちょっとしたアイデア、好奇心も含んだそれを試したいと思っているから。
 左手の人差し指と親指とを近づける。収束を思うとこれに従う光。これで縦を切る。このとき光、恐らくは力場を宙に残していく。続いて横。同じ様に切りながら光を置いていく。すぐそこまで来ているナイフ達を前に、俺の目の前では青い十字が発光している。
 この十字の中心をだ、あれが来るのに合わせて、右手で思いっきり……殴る!
 破裂しそうな光を十字は帯びて、次にそれは拳の向こうを飲み込んだ。この目にも速い勢いで粉々になる木の葉とナイフ。
 それは木々をなぎ倒していき、見えなくなる前に薄くなって消えた。
 宙には一本のナイフも一枚の木の葉も残っておらず。破片も大半は吹き飛んだようで、大きく欠けた刃を残したナイフが一本だけ、向こうで横たわっている。そして、気づけば木の根元でうずくまっている相手。
「……」
 予想外の威力にしばし呆然としていると、いきなりの頭痛に見舞われた。同時にグローブの光が弱まっているのに気付く。グローブ全体を大きく覆っていたそれが、今では薄くまとわり付くだけで、炎を思った揺らめきも今は弱弱しい。そして、それはそのままですぐに消えてしまった。大きくふらつきだす足元に、持続する頭痛。
『常に空気中に消えていくが、同時にどこからか常に湧いている』
……そう都合良くいくわけないか。
理解したあとで目の前の相手を思った。
もう、終わったのだろうか?俺は勝ったのだろうか?
「……確かにお前は強いさ」
 ゆっくり立ち上がった相手。その両の拳を光が包んだ。しかし、その表情にはかなりの疲労を知る。呼吸もだいぶ荒い。
「だが、この空間は俺のものだ」
 四方で地面が騒いだ。見ると宙には既に無数の木の葉。回りを囲まれてやっとこれに今気づいた自分には、先ほどまでの細かい時間間隔はなかったようだ。
「……終れ!」
 声でそれらが動き出すのが分かる。湧いてきた感情は瞬時に血液を沸騰させ、再び俺を0.01秒世界に召喚した。
全方位を囲まれた今を突破するには……。
 先の十字と同様に、左の指で力場を練る。今度は横に切りながらその場で回転する。始点とつなげて円を形成。あとはイメージだ。目の前に両手を持ってきて、円を造った左の掌に、右は拳で……。
  弾けろ!
 円の外側へと広がる衝撃はイメージ通りだった。全ての木の葉を砕いたわけではないが、衝撃でひるんだものや、向こうに見える相手自身の動揺が影響しているものもあるから突破は容易い。俺の接近を知った相手は少し遅れて前に出た。咆哮と共に突き出す拳はひどく荒い。腰のひねりだけでそれをかわすと、あまりに無防備な相手を捕らえた。拳の光も、押さえ込んだ頭痛も、もはや限界。これで終わらせる。
「……この場の今は俺のものだ」


 敵の台詞と迫る拳とを知って、諦めがついた。
 額にすさまじい衝撃を受けて足が浮いた。
 地面に叩きつけられて、木の葉の上を擦って行って、

今現在、何故か生きているらしい。

 ……どうやら敵の拳は直前で止まったらしい。
 その衝撃だけを受けたから俺にも今がある。
「何を……考えている」
 一語を発する度に軋む頭、これをおして語を連らねる。
「しっかり、殺せ」
 一気に押し出した台詞の後で一気に訪れた頭痛。
「……なんでそう軽軽しく言える」
 向こうの質問はありきたりでうんざりするものだった。
「……軽軽しいことだからだ」
 言って、押し黙る奴が分かった。
 そう、どうでもいいことだ。
 奴には解りはしない、自分の生に飽きることのない奴には。
「なんか……趣味、とかは?」
 不快に弱まった語調の代わりに、葉を踏みしめる音。こっちに近づいている。
「有り得んな」
 過去、夢中になれる事の限界に遭うことが幾度もあった。
 いいかげん嫌になるのも当然だろう。
 それができてしまう生なのだから。
「……『走る』、とかは?」
 は?
「いや、走るのはどうかなと」
 言って奴は隣に座り込んだ。
「少しでも速く走ろうと努力するんだ」
 多少、抑えこんだその語の強さ。恐らく、奴自身はそうしているのだろう。
「くだらん」
 なんだ、そんな単純な事。
「くだらんことはないよ」
 間も置かずに言い切った奴。
「本当に少しでもいいんだ、0.01秒でもいい」
 次第に遠慮が消えるのが聞いて取れる。
「それだけでいいんだよ。今までの自分より0.01秒速く走れた」
 まもなく、嬉々として語り出した。
「それで、ほんの少しだけど確かに強くなった自分が分かるんだ」
自身の拳をまじまじと見つめる奴は先ほどまでの『敵』とは大きく違っていた。
 それでも、
「くだらん」
 ことに変わりはない。
「くだらんことはないって」
「いや、くだらんさ。いずれは終わる」
「終わらない」
「限界はある。0.01秒も変わらぬ時間で走り続ける時は来る。0.01秒も速くなれない肉体の限界も在る。」
 そう、それさえも可能なのだ。
 この終われない生に於いては。
「なら……0.001秒でも速くなればいい」
 !?
予想もしなかったこれに言った奴の目を疑うが、これには冗談や酔狂はみじんも感じない。
 ……本当にくだらんが……。
 案外、悪くはないと思った。
「!……痛ぅ」
 声を漏らして、頭を抑える奴がいた。
「大丈夫か?」
 直後、自身から出た言葉に驚いた。
「いや、大丈夫。これは……あれですがね」
 抑揚の無い口調と、明らかにふらつく上体。
「以前、マスオさんの真似して献血のハシゴした時にもあったことでしてぇー、恐らくはただの、貧…け……つ」
 何か理解の及ばないことを口走って、その場に伏した。
 ……。
……さて、と
「安心しろ、戦る気はないさ」
 正面の殺気に言ってみると、誰かが姿を現した。
「……石鼎は?」
「……生きてます」
「そうか」
 思うと、まだ動ける体を知る。
「どこ行くですか?」
 静かな音。手ぶらではあるが、殺気は健在だ。
「皆のところへな。とりあえずは生きているのだろ」
「ヴィンちゃんさんのは知りませんがね」
「蛇笏もそう簡単には死なんさ」
「それにだ……どうやら仕事が増えたようでな」
「仕事?」
「なに、お前らとぶつからないことだけは確かだ」
言うこと言って背を向けると、その殺気の薄れるのを感じる。
……そうだな。
一つ思って、右の拳の水晶を、クレスの中枢を取り外す。
「やつに言っとけ」
投げてやると、片手で受け取ったそいつ。
「お前に預ける、」
自分が何をしているか分かっているつもりだ。
「いつか必ず奪い返す、」
恐らくは無駄だろう。
「……だから、死ぬな」
でも、今の心地を否定したくはないから……。












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