15


 咲は両手の指に挟めるだけおもりを挟んで、枝を蹴る。
 地道にワイヤーを張り巡らせる作戦。
 相手の攻撃を避けつつ、一点を中心に円をくようなかたちで、樹の間を跳びながら張っていこうと考えた。中心に向かって相手を落とせば、多少ズレたところで身体のどこかは切れるだろうし、それ以上に複雑なトラップは、慣れない地形ではかえって危険だ。
ワイヤー技自体、姉が使っているのを見よう見まねで覚えただけだからぶっちゃけたところ自信がない。
 もう銃は使えない。しかし、博打をうちつつも警戒しなければならない。
 相手、ピンクバカに見えて、技の出し惜しみをするくらいには、そこそこモノを考えている。
「………」
最良の選択をしなければならない。
最良の選択。無難だろうが多難だろうが。最善であるならばそれは、最善なのだ。

どん。

 十八個目のおもりを投げたところで、いつの間にか正面にまわってきたらしい石鼎が飛び出してきた。反射的に頭を下げる。石鼎に極めて近い枝におり立つことになった。咄嗟に方向を変えるが、桃色爆弾が投げられる方が多少早かった。
 ものすごい音が耳を劈く。破片が足を掠めてバランスを崩した。
「きゃはははははははははははははははははははははははははは」
しかも爆笑。おもりを予定とは別のところにかけて、それを使って体勢を立て直す。右足一本で立つことになった。痛覚と聴覚から、不快指数が上がりに上がっていくのが自分でわかる。
けっ。
 その場からおもりを三つ一度に投げる。それぞれ違う枝に絡まった。樹と樹の間の空間、一点で何本かのワイヤーが交差する。咲は本日何度目かの舌打ちをした。
 左足をやられた。動きづらい。右手のワイヤーを移動用として隣の樹にひっかける。
そして、叫ぶ。
「っ聞ぃいいいぃきなさいっ! そこのピン!!!」
石鼎は遠目にも怪訝な顔をして、ちょっと近くの葉に手を触れると、それを軸に軽々と方向を転換してみせた。
 腰に手を当ててむむむ、と言う。
「だからピン嫌ってば」
咲は肩で息をしながら続ける。
「ピアノ線を張りました! 降参するなら今の内かもです! あれに触れれば素敵ミンチ決定かもです!!!!」
「………」
「爆弾全部破棄したうえ手を挙げるです! 撃ちますよ!!!」
石鼎はちょっと首を傾げて悩むような仕草をしてみせたが、
「………。………うるさいしね」
低く言って、即、次を繰り出してきた。
 まあこのへんは予想出来ていたこと、移動用のワイヤーで跳ぶ。とりあえず同時にいくつかワイヤーを重ねた。ワイヤーの層だけはどんどん重厚になる。
 しかし、今回はいつもと様子が違った。
 先刻と同じく、腕を使って変な動きーー否、今回は見える。腕を顔の前で交差させていた。すると、桃色爆弾の軌道が変わって、
「!!!卑きょ」

悪態をつき終える前に、多分7個全部、爆弾は咲の方に向かって来た。
 そして、一気に爆発する。 


爆音が森中に響く。
全ての珠は相手  咲とかいう子供に向かって真っ直ぐ飛んでいった。空中にあって避けようはない。
「たーーーーーまやーーー☆☆ きゃははっ」
石鼎は手頃な枝に座って、手を叩く。ピンク色の煙が晴れるのを待った。
 ピアノ線を張っただか張らないだか、手の内をバラすというのはかなりお馬鹿さんな行為だ。
はじめは多少警戒していたが、一気に殺ってしまったほうがいいだろうと考えた。
 さて。
 今の角度なら、首が飛んだか頭が砕けたか。少なくとも白いマフラーは血だら

「……      っ!?」

 視界がひきずられて落ちる。
 
 足に嫌な感触。
捕まれている。
「 !!!!」
血の付いたマフラー。
 下から此方を見ている。
「咲」か。
 石鼎は引きずられ、枝に足をかけていた相手に、抱き留められるかたちになる。
「… ちょっ」
しかしひとり抱えたままでいるには、相手の足場は不安定。そのまま二人いっぺんに
落ちる。
 まずい、落ちる。
 下には相手が張っていたピアノ線。このままでは「二人で」、切れる。
なんで、
なんで。
自殺? もろとも? そんな。こんなに小さいのに相打ちとか考えるんだろうか。
いやしかし小さくとも戦いに関しては、一応プロっぽい。
もしかしなくても
この白マフラーの小さい人は、
 最後の選択として、死のうとしていたりなんかして。
 うわ。
「………! ぅにーー! それはちょっとカナちゃん困るかもー!!」
力の限り相手を突き飛ばす。意外に軽く離れた。
「うにににににっ!」
手を顔の前で素早く交差させて、思い切り歯を食いしばった表情で目を閉じる。
森が鳴る。


 咲は、落ちながら一部始終を見ていた。
 石鼎が目を閉じると、石鼎の身体は、宙に浮いて、制止した。
 強い風が森中に吹き荒れた。咲にも届く。こ憎たらしいポニーテールがそれによって揺れていた。
 彼女は、『風』で、浮いている。
 魔法。
 やはりこの人は、風魔法を使うのだ。
突き飛ばされて、落ちる。
最善の、方法。
多難であろうと博打であろうと、現在進行形で最善であればそれは。
「ふっ ふふふふふはははははははははははははははははははははははは」
空中に静止したまま目を開けると、銃口が石鼎のほうを向いていた。
「………ふぇっ!?」
咲は、
 触れれば切れるはずのワイヤーの上に立っていた。
「ちぇっくーめいとーですーるるるん」
頬が切れて血が流れている顔が、語尾に☆つけて笑うと不気味だ。
マフラーが石鼎の発動させる『風』によって靡いている。
「っ ふぇええぇぇええええぇええ!?」
石鼎、大いに叫ぶ。
つーか。
もしかしなくとも、
ピアノ線はハッタリ、死ぬほど傷つくって張ったトラップは、
「普通にただの糸じゃんって感じ!!?」
「一応絶縁体ですー」
一緒だし!
「そして小賢しいかつ猪口才って感じ!!!」
そうか、と石鼎は思う。
 そうか、白マフさんははじめから斬るつもりじゃなくて、
「ふふふふふふふ、足場をつくるつもりでしたー」
白マフさんは先んじて自分で言いやがった。その上ふふん、と平仮名発音で言う。
「残念でしたね。珠が此方に飛んできた際、跳ぶのをやめて糸の上に下りたです。後は走るだけ。
 銃では敵わない奥の手が来るだろうと踏んで、『とりあえず落ちないように、』足場を確保しました。大博打でしたが、有効活用出来て良かったです」
「………」
「魔法発動に手を使うのは大変ですね、隙だらけですよ。足を引きずっているとはいえ、それだけの時間があれば貴女のとこへくらい、余裕でたどり着けるです」
咲は首を傾けて、非常に嫌な笑いかたをした。
 …。最初から、図られていた?
 全部の行動が、騙すためのものだった…。
「腕を使うんでしょうその、風の技。発動前に何かしないといけないというのは、ぬーちゃんと同じようなもんですか。リスクが大きいんですねうふふ」
「………」
「割と考えて使ってんじゃないですか、貴女。」
「ぅにー…」
 全くの、図星だ。
 魔法はある程度段階を踏んで発動させるものだが、石鼎の風魔法の場合は「手を交差させる」ことが発動の条件になる。銃相手にいちいち使っていては話にならないだろうと踏んで、使わずにいたが。
 見抜かれるとは。
「………っ きゃははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!!」
石鼎は三行に渡る狂的な笑いを繰り出した。
この期に及んで哄笑。咲の推測に反し、どうやら笑いは地らしい。どうでもいいが。
 石鼎は、同時に手を交差させる。咲は身構える。
  一か八か。
 魔法発動が早いか、銃弾が飛ぶのが早いか。
 強力な、攻撃用の、風が生まれる。

ど  ん。

 樹がめしめしと音をたてる。
 そして哄笑。
 咲は吹き飛ばされる。今やらねば、殺される。
 しかし、咲は、撃たなかった。
  再度吹き飛ばされる。皮膚が切れる。
 同時に、銃を捨てた。
 そして手に掛けていたピアノ線を、引く。
一番最初にマフラーから取り出したピアノ線。今まで、使わなかったが。
「!!!!」

ばすん。
 
 今となっては、
「最高の手段です」
 石鼎の右手が、切れて飛んだ。
 そこから血は、出ない。
  瞬間、石鼎の身体はバランスを崩して落下する。風が呼応する。かろうじて残った左が、咲の足場だった「只の糸」を掴んだ。
ぶらさがった状態になる。
 そして、その動作に要する時間は、咲が元の場所に立つには十分すぎ、
「……………ぅに」
だから石鼎は、顔を歪めて見上げる。口だけ笑う。
「踏んじゃいますか?」
石鼎の左手の二センチ右に自分の足をセットして、ゆっくり腰から銃を抜く。
咲も口だけ笑った。
「さて。」
「爆弾を破棄した上、手を挙げますか?」
更にひどくなった相手の頬の傷から血が滴り落ちてきて、石鼎は、苦笑した。


「これねー、実は義手なのだあ」
這い上がってきた石鼎は、うみーんと苦笑しながら言う。
並んでみると、咲よりかなり背が高い。顔つきも意外と大人びていたりする。年頃は
17…、18程度だろうか。
挙げた左手が、全体の身体つきに似合わず長い。右手がないので自然白の上着がずり落ちて、地面に落ちた。
「んとねー、これはーローザ先輩がーつくってくれーたー風系のツールーでー」
「………」
敬称ツッコミ略。
「かつ、あたしの手なのだっ! 便利! 一石二鳥!」
左で敬礼してみせた。可愛らしいが18のやることではない。
「すごいだろ! 気づいてた?」
上着を脱いで見えるようになった左手は、色こそ正確に肌色だが、関節の部分にはつくりものらしくくっきり線が入っていた。
肘の上の部分には、ソーサリーグローブと同じ色の水晶のようなものがはめてある。
咲は沈黙を選んだが、正直義手に関しては、全く気づいていなかった。
手を切り落としたのは、手がなければ攻撃が出来ないと踏んだからであって、別にそれ自体がツールだと思ったわけではない。
 成る程、この世界、魔法というのは有る程度道具がないと使えないのかもしれない。これは結構な収穫だ。
 石鼎は続ける。
「あたしはいっぱい跳べるけど、別に足で飛んでるわけじゃないのね、ひーたんならわかんないけどっつか咲ちょんは足使ってたのかな? すごいねえまあいーけど、うん。兎に角あれだよね、とりあえずあたしは足じゃなくて風で跳んでたのね。跳ぶくらいならこう大袈裟に手をバッてやって準備しなくてもいいんだよ。咲ちょんいつから気づいてたのかな? それとも気づいてなかったのかな? いや、いーややっぱあんま興味ないや。とにかくツールの片方なくなっちゃったんだもん、カナちゃん大敗だよねっ きゃはははははははっ負けましたー」
「………」
 隠し技があるとは思っていたが、跳躍自体が魔法の力を借りたものだとは。そういえば方向転換など、不自然な動きはあったような気がする。二つも一気にタネ明かしをされて、成る程と思うべきところだが、この饒舌っぷりにその気もとことん失せる。
 とりあえず、コミュニケーション能力なさそうに見せていたのは、演技だったか。
「………」
「きゃははっ あたしローザ先輩から、頭銀色の女の人と、ヘタレめでちっこい男の子と、君のどれかをの倒せって言われて来たわけだけど、君とあたったのは良かったんじゃないかと思うよ? 久々にビビったしねきゃははははははっ」
「………光栄ですね」
ああ、話の飛躍まですごい。
「因みにね、参考までに教えてあげるけどね、このツールね、名前があってね、左がきらっていうんだよぅ」
ふむ。と咲は眉をあげる。いちいち反応するのも癪だが、ローザがつけたにしては珍しく、割と女の子らしくかつ長くないネーミングだ。
「そんでー、右がくらのすけ?」
そっちかよ。
 しかも今落としたほうが内蔵助かよ畜生。日本人だぞ判官贔屓だぞこら。みたいな。
 咲は本気で落胆した。
っつーかみんなで名前ネタ使いすぎだし。
「…あー……………」
「あーそうそう、忠告してあげましょう」
「…あん?」
つい地で返してしまった。
「忠告。気を付けたほうがいいかもだね。ローザ先輩は咲ちょんなんかより全然強いだよ。戦うときはせいぜい頑張ろう」
「………はあ。」
「今生の別れになろうかと思うから、っつかきみなんかに二度と会いたくないから、超絶余計かつうざめかつ思いやり溢れる老婆心から加えて忠告するけど、ローザ先輩はもう全然最強ってか、きみよりも全然考えるだよ、あくまで相対評価だけどね。あ、いや、きみが考えてなさすぎるという考えがなきにしもあらずで」
「………?」
なんだ、そりゃ。
「………。負け惜しみならそれなりの対処をしますけど?」
「にゃんにゃんにゃん、蛇足で余興、戯言だと思って寛大に聞いてよ。兎に角命を粗末にしちゃあいけないだよぅ咲ちょん?」
「………」
「なーんちゃって全然してないよね、きゃはは。わかってるけどね? 大体動き見てたらわかるしね? 君、死ぬつもりなかったよね、今回」
「………?」
「その調子だ咲ちょん! 命は粗末にしてはいけません!」
「………??」
キャラのつかめない娘だ。言っていることもよくわからない。
 何が言いたい?
 なに、本当に親切から言ってくれてるのか?
「ローザ先輩は見ためあれだけど? 歪曲した前進具合はかっこいーんだから。きゃはははははははははは。君が全然もの考えてないにしても、更にあたしはきみより全然考えてないから負けたんだよね。でもでも君より先輩のほうが全然考えてるから全然勝ち目ないよ君。もう全然。皆無。きゃははははははははははははははははははははははははははははははははははははは! てなわけでっ!じゃねっ!!」
「………。  あ」
突如、石鼎が視界から消えた。てなわけでって。
なんだよそれ。親切では、なかったようだけれど。
 よくわからないが、突然森が静かになったことだけ、わかった。
「………」
ああ、やっと全身が痛み始める。
そういやさっきので脱臼してるや、肩。あいたたた。後で深駆さんが生きてたらはめてもらおう。
「………」
しかし一体、なんだったんだろう。
石鼎も、石鼎の台詞も、今の戦いも。
『はーいお疲れさーんだよー』
入れ替わりにどこからか声がした。
先刻もらった桃色の水晶からだと、声から推測する。
『うぇー照れる照れるー。つーかねーカナちゃんは色々情緒不安定で、しかももとが饒舌だからねー。と、いうわけで君の仕事は終りだよっ。黙って残りのとこに帰ってね。そこを右折、まっすぐ』
「………。ローザですか」
『情緒不安定』を中心にこれまたツッコミ所満載の台詞だが、その点は多めにみた、というか細部に拘る気力が咲には既になかった。とはいえ細部ながら表面だ。今は関係ない。
 水晶をマフラーから取り出して目の前に持ってくる。
『うんーローザだよー。これ以上怪我しないようにしてね。痛いぞ六世はこっちで回収したから、もう下りて大丈夫だよ』
ローザはどこからか、こっちの気も知らず明るい声をかけてくる。
「………。ねえローザ」
『ん、なんだい?』
「いや、やっぱいいです」
水晶を投げ出した。地面に落ちたが何も爆発しなかった。地雷のほうは一応本当に回収済みのようだ。
 下からぎゃーぎゃー声が聞こえるが、無視する。
  咲はワイヤーを回収してから地におりて、最寄りの樹を左手に見ながら、道なき道をゆく。言われずとも帰り道くらいは覚えている。
「………。」
 石鼎は、どこへ帰っただろう。自分より「考えていなかった」と宣うピンクボム。
結局最後、言いたいことはよくわからなかった。痛みを紛らわすため、少し思考する。
『全然考えてないから全然勝ち目ない』とは。
「……………僕は、」
いつもの仕事のときは、「何も考えずに」闘っている。しくじれば死ねばいいだけの話だ。そう教わっている。
考えないから敗けるという言葉、意味はよくわからない。腑に落ちない。考える。考える? 何を考えていた?
よくわからない。
 ただ桃色をぶちのめしたかっただけで向かっていったから、今回自分は「考えて」いたんだろうか。石鼎に言わせると、「考えて」いたのだろうけれど。作戦の巧妙さ、ということだろうか。
 いや。
 そういえば今回、自分はピンク撲滅に走って、死のうとは思わなかった。
 それが最善だとは、毛ほども思わなかった。
 初めて、だ。
 死を最善だと思わなかったのは、初めてだ。
  そういえばそういえば、自分のために戦ったのも、初。
 そういうことかな、考えるというのは。命を粗末にするなとか、言っていたし。
「………む」 
 咲はむー、と人差し指をこめかみにあててみる。情緒不安定さんの戯言かもしれないが、それでも、「考える」というのが、死ぬまいと思う心に直結するなら、
「………こういうのは…」
 こういうのは、楽しいなと思った。
 見下ろすと、内蔵助が落ちていた。戦利品としていただいていこうと思ったが、使えるとしても使いたくないのでやめた。
 軽く嘆息する。まだ水晶が喚いている。
 さてさて。
 これからどうなるかはわからない。今のところ一番敵っぽいのはローザだが、その上にいる賢者が偉いのか偉くないのか、立場としてどうなのかは自分にはよくわからない。もしも闘うことになったとして、勝てるのか否かもわからない。
 しかしそうなるのなら、それは自分のためだろう。自分のためか、自分より大事な人のための戦いだろう。
 だったら楽しい。
「まあいいかー」
 内蔵助を改めて一瞥して、深駆たちのもとへ向かう。
 そういう考え方をすると、内蔵助と吉良、どっちが正しいとか正しくないとか、わからないな。とか。なんかマニぃな考え方。いいけど。

 楽しいから。

 くっ、と笑んで、そして足をひきずって歩く。
 そういえばみんな、無事だろうか。










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