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咲とルカとあぎが同じ部屋から出てきた。前とは違い、会話が弾んでいるようだ。
「それでねー、あぎったら僕の分のご飯食べちゃうんですよー」
『そんなことしたっけ?』
「したしたー。ねえるんるん、どう思う?」
「どうもこうも、食べられないようにすればいいのは?あぎが来る前に食べ終わるようにするとか」
「そーですねー。うん、こんどからそうしますー」
なにやらかなりどうでもいいことで会話が弾んでいる。
内容を簡単に言うと、「咲の食事をあぎから守る方法」について話しているようだ。
「そういえば、ヴィーちゃんさんとぬーちゃん遅いですねー。その前にヴィーちゃんサン生きてるんですかねえ」
「言われてみればそうですね。深駆の試練は大変なものなのでしょうか?それにヴィルさんの安否が少しだけ気になります」
『俺知らねー』
今度はが遅いことについての話題だ。そしてオマケ程度にヴィルの安否の話。どうやったらこんなに早く話題を変えられるのだろうという疑問も湧いてくる。
「来るまで待ちましょう。集まる来る前に先に行ったら何言われるかわかりませんから」
「ですねー。ぬーちゃん普段は怒らないと思いますけどお、置いてきぼり何回も食らってるからいい加減怒るでしょうねー」
二人が来るまで近くに腰をおろして待つことにした。
「ねーねーるんるん」
咲がルカに話し掛けた。
ルカは少々迷惑そうな顔をしてから、
「すみませんが、ちょっと静かにお願いします。疲れたから寝ようと思うんで」
そう言って寝転がった。
「わかりましたー。来たら起こしますねー」
かなりの不安を抱えながらも疲れをとるために寝ることにした。
退屈になった咲はボソッとあぎに話し掛けた。
「油性マジックあったら面白いことできるのにねー」
『まさか、楽顔?』
「あたりー。やってみたいんだよね、るんるんに」
あぎはチラッとルカを見ると、頷いた。
『俺も見てみたいで。どういう反応するかが特に』
「でしょでしょ?でもやったらナイフでめった刺しにされそうだよね」
『俺も同罪?』
「多分ねー。その時は一緒だよ?」
にっこり、そして不気味に咲は笑った。
ルカは静かな寝息を立てて寝ていた。
それを見た咲は、この上なく悔しそうな顔をして、手持ちぶさたになり空のシリンダーを手の中で転がしていた。
しばらく待っていると、扉が開いた。
その扉の開く音でさっきまで寝ていたルカがいきなり起き上がるとナイフをいつでも投げられる体勢をとった。
扉からは深駆がかなり疲れた様子で出てきた。深駆の姿を確認したルカはナイフを下ろすとまた寝転がった。
「早いね、咲殿たちは」
声に元気がない。テンションも低い。
「ぬーちゃん遅いですよー。僕たちが一番乗りですー」
「げんきだな、咲殿は」
ぐったりとした声の深駆。
「ぬーちゃん元気なさすぎー。こっちまでテンション下がりそうですよ」
「咲殿が高いだけでしょ。こっちはもうクタクタなんだから」
「何があったんですかー、試練の部屋で」
ニコニコしながら、そして目を輝かせて言う咲。
それを見て深駆は心底いやそうな顔をして自分が来た方向を振り返ると、さらに嫌そうな顔になり、
「聞かないで欲しいな、それだけは」
やはりこの上なく嫌そうな声で答えた。
「わっかりましたー。そのことはもう訊きませんねー」
相変わらずニコニコして言う咲。
その顔にホッとした深駆は寝ているルカを見て、
「自分もヴィルさんが来るまで寝かせてもらっていいですか?ヴィルさんが生きてい
たらの話だけど」
咲に訊く。
「いいですよー。るんるんもぬーちゃんが来て、もしかしたらヴィーちゃんさんが来るかもしれないから、もし来たら起こしてって言ってましたよー」
『もし』を強調する咲のテンションについていけない深駆は、
「ありがとう。あと、お願いだから静かにしといて」
と言ってルカと同じように寝転がると、同じようにすぐに寝息を立て始めた。
再び退屈になった咲はあぎに話し掛けようとしてあぎを見た。その途端、話し掛ける気がどこか彼方に飛んでいった。
あぎも寝ていた。それも、前のように鼾をかいて。
その鼾に顔をしかめ、あぎのしっぽの上に石を積むと、シリンダーを取り出し、また手の中で転がして遊び始めた。
要するに、咲は暇だった。そして、全く疲れていなかった。見かけよりタフな咲は、なんでこれくらいで疲れるのかなーと思っていた。咲から見たら、みんなだらしなく見えた。たったこれくらいで疲れるだなんて。
深駆が来てから既に咲の体内時計で二時間くらいは経過している。だが実際は三十分と経っていない。
苛々してきた咲は、思わずマフラーの中に手を突っ込むと、ランチャーを取り出そうとして、止めた。
「生きてるんですかねー、ヴィーちゃんさん。それにこの二人はまだおきませんねー」
さっきからずっと寝ている。かなり気持ち良さそうだ。そんな幸せそうな顔を見た咲は、二マーっと笑うとルカの腕を伸ばした。
その途端、ルカはナイフを先の喉元に突き付けた。
「咲さん?なんのつもりで?」
「べ、別に何もしようとしてませんよー。誰もるんるんの腕の上にぬーちゃんの頭を乗せて腕枕だーなんてしようと思ってませんからあ、ナイフ、どけてくださいです」
ルカはナイフをのけると、再び目を閉じた。
いつまた前触れもなく目が開くかわからない咲は悪戯は止めようと決めた。特に、ルカに対しては。
ルカは自分から目を覚まし、咲がいる場所まで行った。
「まだ来ないんですか、ヴィルさんは?」
綺麗な銀髪に手櫛を入れながら訊ねる。
「そうなんですよー。ヴィーちゃんさん遅いですねー。その前に本当に生きてるんですかねー」
呑気だなと思いながらもルカは咲の隣に腰を下ろすことにした。欠伸をかみ殺すと、突然目の前の扉が開き、ヴィルが姿を現した。
「あー、もうみんな来てたか」
かなりテンションが低い。精神的なダメージでも受けた感じだ。
「おや、まだ生きていましたか」
「ヴィーちゃんさんくたばりぞこないですー」
二人同時に言った。
ヴィルは顔をしかめて、
「お前らな、俺が簡単に死ぬとでも思ったか」
抗議した。
「ええ、いとも簡単に死ぬと思ってました」
「死ななくても動けないんじゃないかって思いますう」
二人の反応に呆れたヴィルは、残りの二人を見て、問い掛けた。
「二人ほど寝ているが、どうする?起きるまで待つか、それとも叩き起こしてすぐ出発するか?」
ルカはどうでもいいような顔をして咲の方を向いて、
「咲さんはどっちがいいですか?叩き起こしてすぐにここを発つのと、二人が起きるのを待ってからここを発つの。私はどちらでも構いませんから、あなたが決めてください。文句は一切言いませんので」
最終決定権を与えた。
最終決定権を与えられた咲は嬉しそうに笑って、
「叩き起こしますう。ぬーちゃん叩き起こすの楽しそうですしー。あぎはどっちか頼みましたよー」
とだけ言うと、マフラーの中から大口径のリヴォルバーを取り出し、深駆が寝ているところに行くと、
「ぬーちゃん、みんなそろったよー。おきろー!」
と叫んだ。深駆は、かなり眠そうにしている。目は半開きだ。
「ちゃんと目覚まさないとダメだよー」
と言った次の瞬間、咲は深駆の耳の近くで二発ほど続けて撃った。
その凄まじい音にびっくりした深駆の眠気は遠くに吹っ飛んだ。
「うわあー!」
思わず悲鳴に近い声を上げる。続いて、
「何だー、今のは?」
と驚いて説明を求め、グルっと一周見回した。
ヴィルとルカがあぎを起こすのに苦労しているのがまず視界に入り、その次に咲が自分の目の前にいたのが視界に入った。
「うわあ、咲殿!いつからそこに?」
再び驚いて大声をあげる。
そんな深駆をよそに、
「さっきからですよー。みんなが揃ったから起こしましたー。それにしてもぬーちゃん起きる時五月蝿いですねー。もうちょっと静かに起きないと近所迷惑ですよ」
なんてことを言い出した。
「あのね、咲殿。咲殿が拳銃なんか撃たなかったら、もうちょっと静かに起きてましたよ。誰だって銃声を耳の傍で鳴らされたら驚くでしょう?」
正論を持ち出して言い返したが、咲にはそんな正論が全く通じなかった。
「そうですかー?僕の家だったらこれが日常茶飯事ですよお。それも拳銃なんて生易しいものじゃなくって、爆竹だとか、ランチャーだとか、バズーカだとか」
恐ろしい家だ。こんな家に生まれなかっただけでも幸せだなと思う。
外野はまだあぎを起こすのにてこずっていた。
深駆は咲にどうするのか訊くと、なんとも薄情な答えが帰ってきた。
「あぎはですねー、無視して行っちゃいましょう。もちろんおいていくわけには行かないのでー、ヴィーちゃんさん背負ってあげてくださいー」
何で俺がと言うような顔をしたヴィルは、
「パス。俺けが人」
と言ってここに来る前に蛇笏との戦いで負った傷を見せた。
「何言っているんですか、ヴィルさんは。もう血も出てないじゃないですか。それ以前に傷はローザの魔法で回復したのを忘れましたか?」
変わらぬ口調で言い切る。
そこを突っ込まれると返す言葉がなくなったので、仕方なしにあぎを荷物のように担いだ。
「これでいいのか?」
咲に訊く。
「オッケーです!」
嬉しそうに言う咲。
それじゃ行こうかとヴィルが言い出したとき、深駆は大変なことを思い出した。
「行くってどこに?」
ヴィルに訊く。
「あのチビがいるところ」
答える。
「それがどこか知っているんですか?」
「…………」
深駆の質問に答えようがなかった。言われてみれば、今までは指示が出てそれか進んでいた。
その指示を待たずに、今回は行こうとしていた。
ヴィルは立ち止まると、お前は知っているのかと言う視線を深駆に投げかけた。深駆はその視線から逃れるように目を逸らした。
次に咲、最後にルカを見たが二人とも知らなかった。
「困りましたね。どこをどういきましょう」
「あの、行く前にこの部屋から出ないと。でも、出口らしきものも見当たらないんですけど」
おずおずと言う深駆。
「壊しちゃいましょうかー?」
咲はいつの間にかグレネードを取り出していた。しかも、既に弾は装填されている。
「さ、咲殿。そんなものここで撃ったら自分たちも下敷きですよ」
慌ててグレネードを撃つのを止めさせた。咲はなんでーと言う顔をしたが、深駆はそれを無視した。
「壊すっていっても壊し方によっちゃ自分たちも危ないでしょうね」
一応みんなに言う。
ヴィルもルカも自分らの力じゃ壁は壊せないから全く聞いていなかった。
「あの、二人とも聞いてます?」
話を聞いていなかった二人に言う。
「いや、全く。俺の力でこんな壁を壊すのは無理だ」
「私もできません。みなひめとナイフだけでは」
あー、なるほど。妙に納得いく。
「んじゃどうしましょう?」
深駆は困り果てる。
「やっぱり壊しましょう」
明るく咲は言う。その手にはグレネードはないものの、今度はランチャーがあった。こちらもいつでも撃てる状態だ。
「だ・か・ら!咲殿!それもダメでしょ。ここ天井丈夫そうじゃないから!」
また慌てて止める。まったく無茶苦茶だ。
「平和的にいけないんですかね?」
再び困り果てる深駆。
言ってるそばから咲はバズーカを構えていた。後は引き金を引くだけで弾は飛び出て壁が壊れると同時に自分たちは下敷きになるだろう。
深駆は疲れていてもつい、
「だから咲殿。もっと平和に」
「えー。これは結構平和ですよー」
「駄目ですってば」
「ぬーちゃんひどいですー。バズーカも駄目なら今度はこれでどうだー」
今度は機関銃。
「ダーメ!」
「ぬーちゃんの意地悪ー。いいもんだ、これがあるから」
今度はライフル。見たところただのライフル。
「そんなんで壊せるんですか?」
「徹甲弾だから大丈夫ですよー」
「駄目だって!」
それならばと言わんばかりに、ライフルをしまうと散弾銃を取り出した。
「壊せないかもしれないのに」
「壊せますよ?何発も同じところに叩き込めば」
「却下」
本当は無理だろと言いたかったが言ったら自分が蜂の巣にされかねないから言わない。その時さっきからの深駆の声であぎが目を覚ました。
『あー、うっさいうっさい!人が気持ちよ寝とったんに』
かなり迷惑そうな声。
「あ、あぎ様、すいません」
謝る深駆。
『んで、何さわいどったん?』
「いや。ここからどうやって出ようかって」
態度変わるの早いなと思いながらもかなり手短に説明する。もちろん、咲がここの壁を壊そうとしていたなど言わなかった。
『あのローザってやつから貰った水晶は?』
「へっ?」
間抜けな声を上げる深駆。
『だからさあ、ローザってやつがくれただろ?水晶の欠片を四つ。それで時空転換ができないのか?っていっとるん』
そういえばそんなものもあったな。深駆は自分のポケットに手を入れて探してみた。
あった。
ピンク色の淡い光の水晶だ。これを手に深駆は三人に話し掛けた。
「あのさ、ローさんがくれた水晶、今みんな持ってます?」
三人は黙り込んだ。その様子にかなり不安を覚えた深駆は自分の水晶を見せながら、
「あの何とか回路に入る前にローさんがこんなのくれたでしょ?それを今手元にあるかって聞いたんだけど……」
尻すぼみになったのが自分でも分かる。
咲はマフラーからそれを取り出し、ルカはケープから、ヴィルはズボンのポケットから取り出した。
「そう、それです。これで時空転換でも起こらないのかってあぎ様から聞いたんですけど、どう思います?」
おずおずとみんなを見る。
沈黙。
ルカがその沈黙を破った。
「やってみる価値はありますね。ここがローザさんの作った部屋だとしたら、尚更です」
続いて咲。
「やってみましょうー」
最後にヴィル。
「駄目ならその時だ」
それじゃあと深駆が呟くと、水晶が一斉に光りだした。
「「「「なんだ?」」」」
四人同時に驚きの声を上げる。するとその光が四人とあぎを包むと、その場からみんなの姿を消した。
ここはどこだろう。気がついたら塔の前に倒れていた。他のみんなも無事みたい。って自分が起きるの一番最後か?
「あー、起きたか?」
上から無感動な声が聞こえてきてヴィルが覗き込んできた。
「ヴィルさん、ここはいったいどこです?」
「塔の前だ」
不親切な答えが予想通り返ってきた。
諦めて立ち上がると平衡感覚が狂っていたのか、ふらついた。
「うわわ、ぬーちゃん危ないです」
ふらふらしている深駆を避けながら言う咲。
そんな様子を見ながらルカが座り込んだまま、
「それではそろそろ出発しますか。いつまでもここで油売っているわけにもいきませ
んし」
出発の用意をしながら言った。
「え、もうですか?」
信じられないと言うような顔で訊く深駆。
「はい。ここでいつまでも待っていて敵が出てきたら面倒ですから。それに、早いに越したことはありません」
その通りだ。だが、今の自分は平衡感覚が少しおかしい。いつ転ぶかわからない。せめて平衡感覚が元に戻るまで待ってもらいたいな。
「あの、もう少し待ってもらえませんか?自分、少し平衡感覚がおかしいようなんで」
言ってみるだけ言ってみることにした。それで駄目ならその時だ。言わないでおくほうが嫌だ。
「わかりました。後五分休憩しましょう。それで平衡感覚が戻らなくても強制的に出発させますから」
意外にもすんなり承諾してくれた。
ありがたく思いながら座り、平衡感覚が戻るのを待った。
自分の体内時計が五分経ったことを告げた。
「五分経ちました。自分はもう大丈夫ですから行きましょうか」
「そうですね。運良く何も出てきませんでしたし」
「何か出ることを期待しとったんですか?」
「別に期待というほどではありません。ただ、出てきてもおかしくないと思っていました」
「ああ、ラスボスの城の前には必ず門番役の敵が出てくるみたいに?」
「よくわかりませんが、そんな感じです。簡単には入れないだろうと思っていましたから」
ここで深駆とルカは咲に早くーと呼ばれた。
咲のほうを見ると既にヴィルは咲より前の位置にいる。しかもあぎを肩に乗せたまま。それを振り下ろそうとしていたが、あぎは全く離れる気配を見せなかった。
最終決戦に近いだろうに、のほほんとした空気は何か場違いのような気がしたのは深駆だけだった。
そんな状況に溜息をつきながらも、もし緊迫した空気が張り詰めていたのなら、自分はやっていけないだろうと思うと、今の状況が救いのように感じられた。
ふと前を見るとルカはもう咲達のところにいる。慌てて深駆は走り出し、みんなのいるもとへ走っていった。
深駆が到着すると、
「いくか」
というヴィルの無感情な声で出発となった。