「……」
 言葉が、出ない。
「……鬼城、説明しろ」
「分かりません」
 いつの間にか背後にいたキャサが即答した。
「こんな現象は見たことも聞いたこともありません」
 淡々と、語る。
「ただ一つ確かなのは、『これ』は完全なオリジナル、秘術の類と思われますので、奥の手であることには間違いありません」
「それって……なんも分かってないじゃん」
「っせーな。しょうがねぇだろ。もともと予定外だらけで今に至ってんだから」
 ……しょうがないようだから、自身で現状を反芻してみる。紫のもやは一応は晴れた。でもそれは俺達を中心として半径20メートル程の円をなす距離で天井まで届く壁となっている。早い話、円形の地面と城壁のように立ちはばかるもや。そして、あの銀人形は……巨大化、とはちょっと違う。『投映』、あの紫の壁に映し出された5メートルはあるであろうその像は映画などスクリーンに映し出されたものに似た雰囲気を感じる。
『ではでは、いきます、よ』
 だから、だからだ、あの大きな手に集まる蒸気も、巨大な氷柱も、きっと虚像……だよな?

 グガシャン!!

 頬に当たった欠片は冷たくて痛かった……。
地面と衝突したなら、もう蒸気に還りはじめている。
「……」
 舌打ちと共に久女が放ったナイフ、3本がその左腕に刺さった。でも、ただ、それだけ。巨大な敵は気にもしない。
 ならば、拳。
 接近。実像である敵は恐ろしくも、見えるうちは大丈夫、だと思う。
 敵は左右に揺れて、放たれる光も揺れて、
 右に揺れて、左に揺れて、右に揺れて……。
 ……消え、た?
「後ろだ!」
 振り向いて、そこにあった氷柱を知る。
 なんとか、飛ぶ。
 ももをかすめて、ジャージを裂いて、過ぎた。

 ゴガシャン!!

 ……なんで……。
「鬼城」
「はい、どうやら奴はあのもやの中においては自由かつ即座に軸をずらせるようで」
「そんなこと見ればわかる」
「はい、極めて短い時間ですが足止めは可能です。ただ、少し時間を……」
「いくらだ」
「10秒程あれば」
「……しょうがない」
 ぼやいて、俺の方を向いて、
「いいな、深駆」
 ……って、言われましても。
「『接続及びに編集』」
 両目を閉じ、両手を組んだキャサがつぶやく。
「『メルーファ』、登録者鬼城。界の26『頼誅』より、添降」
 これは……呪文?
「来るぞ」
 敵はすでに蒸気を収束していた。
「お前が出来る限り砕け」
「全部は無理」
「かまわん」
 氷柱が形を成し、向く方向はキャサ。それでもなおキャサは詠唱を続ける。
「今を有す言の葉は……」
 キャサの声を背において腰を落とし、右腕を引く。
 その呪文がやっぱり気になって耳に届く。
「……ナムコ勘弁して下さいエピソードUの発売6月ふざけんな俺は受験生じゃんな暇ねーんじゃ待ったぞ待ったぞ待ったぞ待ったぞ気付けば何気に危ないゲームに見られてる中古屋でふと覗いたらおすすめソフトの紙があって内容がどうたらあって最後の一行にロリ○ンからショ○コンまでいます!ってふざけんなつーか泣きたくなったとりあえずとっととジンを出せ例の二人は出番減らせギアスのファンが離れる前にどうにかせんとほんにやばかとよ……」
 ……。
……いいかげんにせぇよ。

 今、氷柱が放たれた。

 ……右腕にありったけの意志を込める。
 こうやって、正面から向き合うとこれがまたでかい。
 透き通った硬さを魅せるあれと拳とを比べる。
勝負!
拳に触れた切っ先から砕けていく氷柱、
だんだん、押される力が大きくなる、拳が進まなくなる。
拳が止まったところでグローブから衝撃が放たれる。
ひび割れ……砕けた!
「え!?」
 砕けた氷柱、大きな破片が複数、ありえない動きを見せた。
 縦に裂ける形で砕けたそれらもまた氷柱、それが再び加速した。
 狙いは、キャサ。
「久女!」
 3本の氷柱とキャサとの間に久女が入る。
「わかってる」
 左の一蹴りで一本、
 右の正拳でもう一本、
 でも、一手足りない。体勢がよくない。時間も無い。
「あぁぁ!」
 頭突き!?
「……」
 で、撃ち落した。
「……『添降終了』、同時に」
 キャサから放たれていた大きな威圧。
「『発』」
 放たれた言葉と同時に上方の空間が歪んだ。一点を中心に巻き込まれるようにひしゃげていき……。
「すっげ……」
 それを破って這い出してきたのは巨大な骸の騎士。
「やれ」
 キャサの声を聞いて、埃っぽい吐息を存分に吐いて、その腕をゆっくりあげる。腕と一体化した、骨と鉄とが交わった、禍々しい剣。
 ゴォウ、と空を静かに切った。でも、そこにはすでに敵の姿は無い。
『くっ……!!』
 しかし、その声と衝撃音とを背後に聞く。振り向くと、敵は確かに斬撃を受け、体勢を崩していた。
「深駆、呆けてんじゃねぇぞ!」
 怒鳴られて、すでに駆け出していた久女を知った。
 急いでこれに続く。
 前の久女がこっちを見て『行け』と顎で促す。
 久女の真似をしてクレスでナイフの階段を作る。自重を支えるのは辛いけど、短い時間ならなんとかなる。
 二つを蹴って、巨大な敵と向き合う。
 俺を狙った手のひらと、右の拳が衝突。
 これを、弾く。
 そして今跳んだ久女が、
 一撃!
 鈍い音が部屋に響き渡って、勝ちを思った。
 着地。敵はうなだれたままで沈黙していた。見ると骸の騎士はすでに薄くなり空気に溶け込むように消えようとしていた。

 カタカタカタカタ……。

 どこからか、振動を伴った細かな音。
「!」
 敵がむくりと顔を上げた。
『……いけない、いけない、いけない』
 向こうで青い炎が灯った。

カタカタカタカタ……。

 一つだけじゃない、円状に置かれた5つの炎。
『……いきなさい』
 こちらに向かってきた炎、その正体が判った。頭蓋骨、青い炎に包まれた頭蓋骨がその上下の歯を打ちつけながらこちらに向かってきていた。
 咄嗟に、正面の一つに向かってナイフを飛ばす。
「……待てっ!」
 キャサが叫んだが遅かった。ナイフが額に刺さった瞬間、それは5つ同時に起爆した。その大きさからは考えられない爆発。熱を肌に受けながらふっとぶ。
 空中で敵の手に集まる蒸気を確認していた。
 地面に叩きつけられて、真っ先に叫ぶ。
「久女!」
 狙いは敵に一番近いところに落ちた久女。受身も取り、すでに起き上がろうともしているのだが、それでも間に合わない。
 目を逸らした自分を知って、殴りたくなって、無理やり活目させた。
 久女と敵の間にあの骸の騎士。
 その剣が降りる時、紙一重で消えた敵。
 久女は立ち上がって、骸の騎士は薄くなっていく。
「……」
 こちらへと駆け出した久女。何も言わないのは当然ながら、その表情は……。
 近くでよろけたキャサを知って、俺もそばに行く。
「……馬鹿が」
 重く吐いた久女に、キャサは力無く笑む。
「何を、代償にした」
 キャサがゆっくり右腕を上げた。
 『それ』は、音もたてずに砂と化し、地に落ちた。
「え……!」
「ああいう『でかぶつ』を手順とばして使役すんのは禁忌でな、それ相応の代価を払わされるんだ」
 笑ってみせるも、その手、まるで初めからそうだったように皮膚の張ってあるそこは、あまりに自然過ぎて……。
「鬼城……休んでろ」
 ……キャサの手は、
「……すみません」
 もう、戻らない。
 ついに……取り返しのつかない傷があってしまった。
「深駆、来るぞ。構えろ」
「久女……」
 怒りたいはずなのに、血が冷たくなってゆく。『後悔』をしている自分を初めて知る。
「俺はあれを……壊すぞ」
 今気付いた。いや、知っていた。自身の遠慮を。
「なにを今更、それができずに今……」
「だから、ごめん」
 でも、久女の初めの動揺。存在を想っただけで苦しみ、その姿を目の当たりにして、なにもできなくなってしまった。だからか、なんとなく解る。

あれはきっと、この人の大切な人……。

でも、もう
「気に……するな」
蒸気を収束させる敵の方へ駆ける。
その氷柱の放たれる直前、方向を定めた瞬間を見極める。
俺が横に飛んでから、氷柱は放たれる。
ナイフを駆け上がったなら、消えようとしている敵。
0. 03ほど間に合わない。なら……。
ナイフでその目を射す!
『ぐっ!?』
 頭を後方に反らしながらで消えた。
 着地。
 限りなく細かい時間の中、
目を凝らす。耳を澄ます。肌に触れる空気を探る。
紫の壁にわずかに歪み始めた一点。
あそこ!

……カ……タ……。

音、あのドクロの爆弾の音。
「そこ!」
 一番近い音源にナイフを飛ばし起爆させる。完全に召喚するに至らなかったのだろう、爆発はそれほど大きくない。
 歪んだ一点は周りを巻き込む形で大きくなっていく。
 ナイフを蹴って、拳を振り被って、
 そこに現れた敵。
『え……』
 ぶん殴る!
 確かな手ごたえ。それでも、
「まだか……!」
 敵は再び消えた。
 降りて、クレスを外す。両手をソーサリーグローブに。
 奴は焦ったらしく、再び歪みが生じているそこは今までやつが居た空間と同じ視野に入る所だった。
 歪みに向かって、左手で十字を描く。

 カ……タ

「無駄だ」
 さっきと全く同様、一番近いものを起爆させる。
 そして、青い十字の正面にやつが現れた。
『どうして……』
「『刹那』って言葉、知ってるだろ」
『なんで……』
「その定義が、1秒の75分の1」
『こんなこと……』
「今の俺はそいつを数える」
――砕けろ!――
 十字の中心を右拳で殴り飛ばす。
 敵に襲い掛かる十字。
 でも、
『ぐぅ……』
 やつはそれを両手で圧し止めている。
 ……再生を繰り返す十体の魔物、自在に移動できるテリトリー、一撃必殺の氷柱、広範囲に一斉起爆する爆弾。そして、キャサの騎士の斬撃の上に久女と俺の一撃を受けても、なおもこれに耐える体力……。
「……化け物め」
 ぼやいて、肩の力が抜けそうになる。
 だから、視野の外を駆ける影に反応が遅れた。
 久女。
「……」
 一人跳躍して、十字の中心を再び殴りつけた。
 十字が破裂したことまでは見えたが、それからはその閃光でなにも見えなくなってしまった。


 目を開けると、そこには久女が立っていた。
「……勝ったのか」
「さぁな」
 辺りにはまだ紫の壁があったが、敵の姿はそのどこにもなかった。
「そういえば、キャサは……」
『ここです、よ』
 高い声に振り向く。確かにそこにはキャサがいた。しかし、その隣にはキャサの頭に指先を突きつける人形。それは確かに傷ついており、大きさは元の人のサイズに戻っていたのだが……。
『さてさて、まずは二人とも武器を……』
「断る」
制したのは何故か久女!?
『……殺します、よ?』
 キャサの頭に突きつけた指先。五本そろえて伸ばしたそれは鋭利な刃物に見える。
「好きにしろ」
「な、なに言ってんだよ!」
 襟をつかむ。
「『これはやらなければいけないこと』誰でもない、言ったのはやつ自身。武器を捨てれば勝ち目は無い。俺は負けるわけにはいかない。だから、しょうがない」
「だからって!」
「……」
 その瞳は、揺るがない。
「キャサはお前のために片手を無くしたんだぞ!」
「……邪魔だ」
 襟元の手を払われた。
「やるならとっととやれ」
 再び二人に向かって言い放った。
「どうしたんだよ……」
 信じられない!
『……では、遠慮なく、やります、ね』
「まっ……」

 ズブリ

「あ……」
 その手がキャサの頭を貫通した。
「キャ……サ」
 あり得ない、あり得ない、あり得ない、あり得ない、あり得ない。
 あってはいけない。
 死んだ、キャサが死んだ。死んだ。死んだ、死んだ、死んだ……。
「うわぁぁーー!」
 あいつも、殺してやる!
「待て」
 肩を掴まれた。
「うるさい!」
 振り払うも、その手がとれない!
「お前まで死ぬ必要はない」
 ほんとに、こいつは……!
「ふざけるなぁ!」
「死ぬのは敵『だけ』でいい」
……。
……え?
「そうだろ、鬼城」
「!……それって、どういう……」

 カ……タ、カタ、カタカタカタ

 これは!
『これは、一体……!?』
 爆弾の音と、敵の声とは同じ方向から聞こえていた。
『まさか』
「!!」
キャサが、頭を貫かれたキャサが、溶けていく。
『まさか……!』
 それは人形達が砂になっていくのと似ているようでも、キャサが変わっていくのは明らかに『液体』だった。
「……やっぱり、適いませんよ」
 キャサの声!
でも、振り向いたところはただの闇……。
「あなたには」
 何も無いはずの闇にゆっくりと輪郭が浮かび上がる。それは、徐々にだが人らしき形にも見えてきた。
「当然だ」
 人の形になった闇がゆっくりと倒れるように剥されていく。そこに……。
「キャサ?!」
「お前は俺をなめすぎだ」
 いきなり殴られた。久女が鼻で笑ったのが分かった。
「……じゃあ、あれは」
 敵の方を向くと、キャサだった者は今は完全に液体となって、地面の上で鈍く流動していた。そして、

 カタカタカタカタ……

『!』
 人形の手は爆弾である頭蓋骨を貫いていた。
 キャサが一歩前に出て、無事である右手をやつに向けて広げた。
「模写者」
 言って、その小指と薬指とを折り曲げる。
 人形の足下、キャサだった液体は砂になった。
「ウーンズ」
 今度は中指を折り曲げた。
 キャサの足下の影が、ひとりでに『バイバイ』をして、そのままの形で砂となって浮かび上がった。
「と、即興で作成したから名前はまだない」
 残ったのは人差し指と親指。
「しかも起爆プロセスもしくったらしいな」

カタカタカタカタカタカタ

「でもまぁ、とりあえず今は……」
そして、それをゆっくりと敵に向けて、
「ドカン」
 声と同時に爆発した頭蓋骨。吹き上がる黒炎、耳を覆う爆発音。かすかにだが、敵の叫びも聞こえていた。


煙もまだ治まらないうちに辺りの空気は揺れ始めた。壁であった紫の蒸気が一気に崩れ、宙に溶け込み、消え去った。
「……」
 あっという間のことで頭の整理がつかない……。えーと、殺されたキャサは偽者だったと。それで本人はあの影みたいな魔物で隠れておいて、それで……。
『…ぅ…あ……』
「!!」
 その声に戦慄したのは初めだけだった。
『ぅあぅぅ……』
 不規則に、鈍く、地を這う人形……もはや戦えまい。
「止め、だな」
 キャサが右手を上げようとした時、それを制するものがあった。
「俺が……やる」
 久女だった。
 キャサが黙ったのを確認してから、俺に視線をよこす。
「いいな」
 俺は頷いて、久女は人形の方へと歩み寄る。
『う、あぁぁ……!』
 その接近を知って、這う速度わずかに押し上げた敵。
「……」
 久女はそのままで歩き続ける。
『あ、あ、』
「……」
『あ、あぁぁぁ!』
 必死に距離を取ろうとする敵は酷く哀れだった。
「……」
 キャサが小さく舌打ちした。おぼろげにだがその心境も伝わる。
二人は祭壇の方へと向かっていく。
『……ラ、ラティ、ラティ……』
 人形は腕だけでその段差を這って上って行く。
「……」
 久女の足はそこで止まり、変わりに右腕を上げた。
「あれは……?」
 掲げられた拳に収束するエメラルドの光。今までの瞬間的に発生する光とは対照的で、光の軌跡を残しながらゆっくりと拳へ集まっていく。
「極限までの精神集中。あの人の秘技だ」
 となりでキャサが。
「……しかし、長ぇな」
 集まる光をお眺めながら。
 光は、まだ収束を続ける。どんどん、どんどん、あの拳を覆っていく。初めは単なる輝きだったのが、今は俺が立っているここまでもを薄く照らしている。
「ほんと、長ぇ……」
 ぼやいて、うつむいたキャサ。
「キャサ……」
 声が、わずかに濁っていた。
「……」
 光、エメラルドの光。温かくて、柔らかくて、どこか悲しい光。精神の――想いの、極限集中……。
 集まる光はそのままに、ゆっくりさげられた腕。腰を軽く落とし、右腕を引いた。
 ……?
 なんだ、何か言って……?

  放たれた光

 広大な部屋に一瞬にして広がる、エメラルド。反射的に腕で影を作りながら、あまりに眩しいその光源を眺めてている。
 ……直前に動いた久女の唇。小さく発音された7文字。なんとなく分かってしまったのはそれがあまりにも普通で、馴染んでいる言葉だったから。毎晩の寝る前にかわすごくごく普通の……。

―― お や す み な さ い ――


「……」
「終わったか……」
 そこにはあの人形も祭壇も残っていなかった。ただ、半径10メートルほどにもなる力の軌跡が壁を深くえぐっていた。



















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