三章







「なかなかすてきな乗り物でしたねぇ」
 トン、と軽やかな音を立てて咲が『マル・ポロ』から飛び降りる。その後ろからゆっくりと降りてくる三人は、一様に青い顔をしている。
「まさかあんなに揺れるとは……」
「また欠陥品だったのでしょうね……名前から言ってもローザさんの作った物でしょうし」
「咲殿、元気ですね……」
 最後の台詞に咲は笑顔を見せる。
「ぬーちゃん、だらしないですよ。るかちゃんとヴィンちゃんさんはこんなの初めてでしょうから仕方ないですけど、ぬーちゃんはこれを無駄に揺れの激しいジェットコースターだと思えば楽勝じゃないですか」
 深駆は嫌そうに顔をしかめる。
「じぇっとこーすたー?」
 ルカが聞いた。咲は軽く手を振って答える。
「ああ、気にしないでください。僕達の世界にあるものですから」
 ルカは頷き、ふと前を見る。
「次は洞窟、ですか……?」
 目の前にぽっかりと開いた入り口。内部は暗く、外からでは一切様子が分からない。
「……むしろ、トンネルって感じがしますー」
「どうしてっすか?」
 咲の言葉に、少し回復した深駆が聞く。咲の答えは単純な物だった。
「だって、あっちに怪しげな塔っぽい物が見えますし」
 言葉と同時に、指をさす。確かに見える怪しげな塔に、深駆は、
「なんか、いかにもRPGって感じっすね……」
と、思わず呟く。咲は「そうですねぇ」と言いながら一通り周囲を調べて、
「他に行けるところはなさそうですよ。虎穴に入らずんば虎児を得ず、とも言います
し、とりあえず中に入りませんかぁ?」
と提案した。三人はその言葉に軽く頷くと、入り口に向かい一歩を踏み出した。が、
『待ってー!俺がまだ降りてない!』
と、未だマル・ポロ内部にいるあぎに呼び止められた。その声を聞いて咲。
「……すみませんあぎ。存在自体を忘れてました」
『咲、ひどいー!それでも飼い主なのか!』
 あぎの心からの叫びが、周辺一帯に響いた。

 薄暗い道を四人と一匹が進む。
「ちょっと暗いッすね」
 足元を慎重に見ながら深駆。その言葉を聞きヴィルは言う。
「そうだな。おい、気をつけろよ」
 その視線の先には咲とルカの姿。二人は振り向いて同時に口を開く。
「えー、このくらい平気ですよぉ」
「大丈夫です。夜の森に比べればこれぐらいの闇は何でもありません」
 何でもないことのように返され、心配したヴィルは少しへこむ。
 ふと、咲とルカがその歩みを止める。
「咲殿、どうかしたんですか?」
 深駆が聞く。咲は一つ嫌そうな溜め息。
「また、何かあるッぽいんですよ」
 深駆が咲の後ろから目を凝らすと、その先には開けた空間が。思わず呟く。
「今度は、何なんでしょうか……」

 深駆達がその空間に足を踏み入れると、突然その場所が明るくなる。
「うわ、まぶしい……」
 深駆は目を激しく開閉する。その頭の中では思わず、いつか習った生物の授業が。
(えーっと、これって明順応って言うんだっけ。たしかロドプシンがどうたらって……)
 あやふやな記憶をさぐりつつ、前を見る。そこには、
「……扉、っすか」
 明らかに不自然な扉が四つ。しかも、
「何でこんなに可愛らしいんでしょうね」
 作り物の花やら小さな人形などで過剰なまでに装飾された物ばかり。それらを調べようかと少し近づいてみると、
『それはローザの趣味なのだよ』
 ふふふふふふふ、という怪しげな笑い声と共にローザの声が響いた。
「ローさん?」
『やぁっと着いてくれたよねー。ローザ、待ちくたびれちゃったー』
 辺りを見回してもローザの姿はなく、しかし声は桃色の水晶から響いているわけでもない。辺りを見渡すヴィルと深駆。すると、
「深駆さん、ヴィルさん」
 ルカが口を開く。
「どうやら、声はあそこからしているようです」
 その視線の先には、でかいスピーカー。
「何かよく学校とかにあるヤツですよね、あれ」
 咲も呟く。機械を通り少し感じが変わったローザの声は、深駆達の様子を気にすることなく続く。
『えっとぉ、どうせ分かってるだろうけど、次の試練はその扉の中で行われまーっす!詳しいことはそれぞれが中に入ってから説明受けてもらうからぁ、……説明なしかもしれないけど……各々自分の名前が書かれた扉の中にちゃっちゃか入ってくださーい。……うん、別に伝えることはもうないね。じゃあ、連絡終わりッ!以上!』
 初めの時は聞こえなかったピーンポーンパーンポーンという深駆にはなじみの深い音が響き渡る。
「……何で学校のあの音が」
 皆がとにかく扉を調べようとすると。
『あーっ!忘れてたぁ!』
 再びローザの声が響き渡る。
『ローザ、みんなが四天王戦でつけちゃった傷を治そうと思ってたのにぃ』
 その言葉に、ヴィルが反論する。
「お前にわざわざ治してもらわなくても、既に治療は受けている。必要ない」
 もっともな言い分にもローザの声は怯んだ様子はない。
『ヴィーちゃんはそうかもしれないけどぉ、ぬーちゃんがまともに治療できたのは切り傷とかがほとんどだよ!ルゥちゃんの内臓とか、今は大丈夫みたいだけど、その内やばいことになっちゃうよー』
 その台詞に皆がルカを見つめる。ルカは表情を変えない。ただスピーカーを見ている。
 ローザの声はなおも続く。
『だけどルゥちゃんだけ治す、っていうのもフェアじゃないから、みんな治すの!文句ある?』
 有無を言わせぬ口調に思わずヴィルは黙る。
『ないみたいだねー。じゃあいくよ!』
 言葉と同時に、四人の身体を明るい光が取り巻く。
一瞬その光が爆発的に明るくなって。
『よっし、オッケー』
 その言葉に自分達の身体の様子を見る。
「……完全に、治ってるですね」
 肩を回しながら、咲。見ると、かすり傷さえもなくなっている。
『じゃあ、これでローザの放送は終わりだよー。またねー、みんな』
 再びあのピーンポーンパーンポーンという音が響く。
「……何だったんだ、一体」
 毒気を抜かれたように、ヴィルが呟く。その言葉に、深駆も我を取り戻す。
「えっと、どうしますか……?」
 尋ねてみると、
「調べるしかないですよねー」と咲。
 扉にトコトコ近づいて。
「あ、本当だ。名前書いてますよー」
 指で指し示す。そこにははっきりと『ヴィル』の文字が。咲はちょっとそこで考えて。
「ヴィンちゃんさん」
 真剣な面持ちで尋ねる。
「ヴィンちゃんさんのヴィって、漢字で書くと何ですか?」
 後ろの方で深駆がこける。
「は?漢字?」
 ヴィルが尋ねると、咲は満面の笑みを浮かべて。
「もしかして、微妙の微ですかー?微妙の微ですよねー」
 自己完結する。満面の笑みでそう言われ、よく分からないながら頷くヴィル。咲は本当にうれしそうだ。
「ところで、誰から入りますか?」
 ルカが発言する。
「ここはやっぱり年長者から行くべきだと思うんですが」
 じっ、と三人と一匹に見つめられ、ヴィルがしぶしぶ一歩出る。そして一言。
「……行ってくる」
 扉に向かい歩き、中に入る。すると、
ガッシャーン
 大きな音と共に鉄の扉が降りてきた。その扉には髑髏のマーク。
「……死にましたね」
 咲がこう呟いたのは、仕方がないことだろう。

「るかちゃん、どんな感じですかぁ?」
「……他人の名が書かれた扉に入ることはまず無理のようです。おそらくここにも何らかの結界が貼ってあるのでしょう」
「そうですかぁ。こっちもです」
 ルカと咲が扉を調べていたが、有益な情報が得られた様子もない。あぎは退屈そうにそこらをはいずり回っている。
 二人は溜め息をつくと、大体同時に深駆の方を向く。
「深駆さん、各々の名前が書かれた扉に入るしか手がないようです」
「これ以上調べられないこともなくはないんですけど、流石にこれ以上ヴィンちゃんさんと差がつくのはまずいかもですし」
 ちらり、と一つだけの鉄の扉を見る。
「いろいろ考えてもローザ相手じゃ無意味でしょうし、もういっそ全員一斉に飛び込みましょう」
 そうすれば鉄の扉が降りたとか気にする必要もありませんですし、と小さく続け、『咲』と書かれた扉に近づいていく。
「それじゃあ、また後で会いましょうか」
 ルカが言い、『ルカ』の扉へと進む。
「じゃあ、また」
 ルカの言葉に、彼女が誰かが死ぬという可能性を考えていないことを知り、深駆は純粋にうれしくなり、歩き出す。
 三人同時に扉を開けて、入る。
 ガッシャーン!
 取り残されたのはあぎ一匹。
『どうしろってのさー、俺の分の扉ないし』
 きょろきょろと、辺りを見回すが、見えるのは四つの鉄の扉と……先程までは気がつかなかった、小さな穴。
『あ、もしかしなくともあれか』
 ルカの扉からほんの少し離れた部分に、あぎがギリギリ通れるような小さな穴を見つける。
『なんか俺、あの女の子に嫌われてるッぽいしなー。これも嫌がらせか』
 そう言って、穴の中へと入っていく。
 少しの間の後。あぎの入った穴の中へと、一匹のネズミが入っていった。















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